もの忘れや判断力の低下(中核症状)に加え、不安や興奮(BPSD)などが現れることがあります。ご本人に合わせた治療と周囲の理解、適切な対応が大切です。
記憶や判断力が少しずつ失われ、生活に支障をきたす脳の変化
- 新しいことを覚えられない
- 日時や場所がわからない
- 順序だてて行動できない
- 言葉がうまく出てこない
- 慣れた動作ができない
- 人や物を見ても認識できない
- 落ち着きがなくなる
- 気分が落ち込む
「最近、親の物忘れがひどくなった」「同じことを何度も聞く」——そんな変化に不安を感じていませんか。認知症は誰にでも起こりうる脳の病気の一つで、適切な治療や支援によって、穏やかな生活を長く続けることができます。
1. 認知症とは?
認知症は、誰にでも起こりうる脳の病気の一つです。以前は「痴呆症」と呼ばれていましたが、現在は「認知症」という名称が使われています。
私たちの脳は、まるで巨大な図書館のようなものです。若い頃は司書さん(脳の機能)が元気で、たくさんの本(記憶や情報)をきちんと整理し、必要なときにすぐ取り出してくれます。認知症になると、この司書さんの働きが少しずつ弱まり、本の場所を忘れたり、新しい本をうまく整理できなくなったりします。
その結果、「新しいことを覚えられない」「今がいつで、ここがどこか分からなくなる」といった症状(中核症状)が現れます。そして、そうした脳の変化を背景に、ご本人の性格や周りの環境との関わりの中で、不安になったり、怒りっぽくなったり、眠れなくなったりといった心の状態や行動の変化(BPSD:行動・心理症状)が見られることもあります。
大切なのは、認知症は「年を取ったから仕方ないただの物忘れ」ではなく、治療や支援が必要な病気だということです。そして、ご本人が好きでそうなっているわけでは決してありません。脳の病気がそうさせているのだと理解することが、ご本人とご家族にとっての第一歩になります。

2. 主な症状(中核症状とBPSD)
認知症の症状は、大きく分けて2種類あります。脳の細胞が壊れることで直接起こる「中核症状」と、それに伴って現れる「BPSD(行動・心理症状)」です。
中核症状:脳の働きが低下することで起こる症状
病気の原因にかかわらず、認知症の患者さんに共通して見られる症状です。

BPSD(行動・心理症状):中核症状に付随して起こる症状
BPSDは、中核症状を背景に、ご本人の元々の性格・身体の状態・周りの環境や人間関係などが複雑に絡み合って現れます。適切な対応によって改善する可能性が高いのが特徴です。
これらの症状は、ご本人からのSOSのサインであることが多いものです。「なぜこんなことをするのだろう?」ではなく、「何に困っているのだろう?」「何を感じているのだろう?」と、その背景にあるご本人の気持ちを想像することが大切です。
3. 原因やきっかけ(認知症の種類)
認知症は単一の病気ではありません。さまざまな原因となる病気によって、脳の神経細胞が壊れたり働きが悪くなったりすることで発症します。原因によって症状の現れ方や進行の仕方が異なります。
このほか、甲状腺機能低下症やビタミン欠乏症、慢性硬膜下血腫など、原因を治療すれば改善する可能性のある認知症(治療可能な認知症)もあります。そのため、早期の正確な診断がとても重要です。

4. 診断の流れ
「もしかして認知症かも?」と感じたら、まずは専門の医療機関(精神科・心療内科・脳神経内科・もの忘れ外来など)に相談しましょう。診断は、ご本人やご家族からのお話、検査などを通じて総合的に行います。
- 問診:いつから・どのような症状で困っているか、日常生活の様子、既往歴や服用中の薬などを詳しく伺います。ご家族から見た「以前との違い」は非常に重要な情報です。
- 認知機能テスト:長谷川式認知症スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)など、質問に答えていただく簡単なテストで記憶力や見当識などを客観的に評価します。
- 画像検査(CT・MRI):脳の萎縮の程度や場所、脳梗塞や脳腫瘍の有無などを調べます。原因の特定に欠かせません。(当院では実施できないため、必要に応じて連携医療機関にご紹介します)
- 血液検査:認知症と似た症状を引き起こす他の病気(甲状腺機能の異常、ビタミン不足など)がないかを調べます。
- 診断と説明:これらの結果を総合的に判断し、認知症かどうか・どのタイプの可能性が高いかを診断し、病状と今後の治療方針を丁寧にご説明します。

5. 主な治療法(最新の治療薬を含む)
現在のところ認知症を完全に治す薬はありませんが、病気の進行を遅らせたり、症状を和らげたりすることは可能です。治療の柱は「薬物療法」と「非薬物療法」の二つです。
薬物療法
お薬には、中核症状の進行を遅らせる「抗認知症薬」、原因物質に働きかける「新しい治療薬(疾患修飾薬)」、そしてBPSDを和らげるお薬があります。
① 従来の抗認知症薬(症状の進行を緩やかにする)
- コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジルなど):アルツハイマー型やレビー小体型認知症で使われます。脳内の神経伝達物質を増やして情報伝達を助け、症状の進行を緩やかにします。
- NMDA受容体拮抗薬(メマンチン):神経細胞を保護する作用があり、興奮や攻撃性をやわらげる効果も期待できます。
② 新しい治療薬「抗アミロイド抗体薬」(病気の進行そのものに働きかける)
近年、アルツハイマー病の原因物質と考えられるアミロイドβを脳内から取り除くことで、病気の進行そのものを抑えることを目指す新しいタイプの薬(疾患修飾薬)が登場しました。国内ではレカネマブ(商品名:レケンビ)とドナネマブ(商品名:ケサンラ)の2剤が承認されています。
これらの薬には、対象となる方の条件があります。
- 対象は、軽度認知障害(MCI)や軽度のアルツハイマー型認知症の段階で、検査(アミロイドPETや脳脊髄液検査など)で脳内にアミロイドβの蓄積が確認された方に限られます。進行した段階では効果が期待できません。
- 点滴での投与で、定期的なMRI検査による安全管理が必要です。副作用として、脳の一時的なむくみや微小な出血(ARIAと呼ばれます)が起こることがあります。
- 投与は限られた専門医療機関で行われます。当院での投与は行っていませんが、適応の可能性がある場合は専門医療機関にご紹介します。
これらの薬は「病気の進行を遅らせる」ことを目指すもので、低下した認知機能を元に戻したり、認知症を治したりするものではありません。効果や副作用には個人差があります。新しい治療薬の登場により、早期に正確な診断を受けることの重要性がいっそう高まっています。
③ BPSDに対するお薬
不安や興奮が強い場合には抗精神病薬、うつ状態には抗うつ薬、不眠には睡眠に関する薬などが使われることがあります。ただし高齢の患者さんには副作用(ふらつき・眠気など)が出やすいため、ごく少量から慎重に使用します。BPSDの治療は、まず非薬物療法(環境調整や接し方の工夫)を試すのが原則です。

さらに詳しく知りたい方はこちら 精神科の薬物療法について >>
非薬物療法(リハビリテーション)
お薬と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが、薬を使わないアプローチです。ご本人の残っている能力を活かし、穏やかな生活を送れるように支援します。
- 認知リハビリテーション:計算ドリル、パズル、昔の歌を歌う、昔の写真をみて話す(回想法)など、楽しみながら脳を活性化させます。
- 運動療法:散歩や簡単な体操など、体を動かすことは脳の血流を良くし気分転換にもなり、転倒予防にもつながります。
- 環境調整:家の中を整理整頓する、危険なものを片付ける、トイレの場所を分かりやすく表示するなど、安全で過ごしやすい環境を整えます。
6. 進行を遅らせ、穏やかに過ごすために
認知症は進行性の病気ですが、適切な治療とケアを続けることで進行を緩やかにし、穏やかな生活を長く続けることが可能です。
- 進行を遅らせるために:処方されたお薬をきちんと続ける、デイサービスなどを利用して社会とのつながりを持ち続ける、生活習慣病(高血圧・糖尿病など)をきちんと管理することが大切です。
- 症状を安定させるために:ご本人が「安心できる」と感じられる環境が何より重要です。規則正しい生活リズムを保ち、役割(簡単な家事など)を持ってもらうことで、自信や意欲を引き出せます。
- ご家族の休息も大切:介護は長期戦です。ご家族が疲れ果ててしまうと良いケアはできません。デイサービスやショートステイなどの介護サービスを積極的に利用し、ご自身の時間も大切にしてください。

7. 患者さんへの接し方(BPSD対応を詳しく)
BPSD(行動・心理症状)は、ご本人の苦しみや混乱の現れです。ご家族や周りの方の対応次第で症状が大きく変わることも少なくありません。ここでは、基本の心構えと、場面ごとの具体的な対応を「なぜそうするのか」という理由とあわせて詳しく解説します。
基本的な心構え:3つの「ない」
① 驚かせない(後ろから急に声をかけたり大きな物音を立てたりしない)/② 急がせない(ご本人のペースに合わせ、ゆっくり待つ)/③ 自尊心を傷つけない(「どうして忘れるの?」と問い詰めたり、子ども扱いしたりしない)。
対応の共通の型:「否定しない・共感する・きっかけをそらす」
多くのBPSDは、この3ステップで落ち着きやすくなります。(1)否定も無理な説得もしない → (2)まず気持ちに共感する → (3)安心できる話題や行動にそっと切り替える。その行動の背景にある「不安」「困りごと」を想像することが出発点です。

ケース1:同じことを何度も聞く・言う
背景:ご本人は、質問したこと自体を忘れています(短期記憶の障害)。不安だからこそ確認したくて何度も聞いてしまうのです。否定されたり責められたりすると、不安や混乱が増し、かえって症状が悪化します。
ケース2:「財布を盗られた」と言う(物盗られ妄想)
背景:ご本人にとってはそれが揺るぎない事実です。しまった場所を忘れたこと(記憶障害)が根本にありますが、それを認めたくない気持ちから無意識に「誰かに盗られた」というストーリーを作り上げます。否定は自分の世界を否定されることであり、強い不安や怒りを引き起こします。多くの場合、いちばん身近で熱心に介護している人が「犯人」にされやすいことも知っておくと、ご家族の心の負担が少し軽くなります。
ケース3:夕方になると「家に帰る」と言い出す(帰宅願望)
背景:「家に帰りたい」は言葉通りの意味だけではありません。多くは「ここに居場所がない」「不安で落ち着かない」「何か役割を果たさなければ」といった漠然とした不安や焦りが隠れています。ご本人にとっての「帰る家」は、若い頃に慣れ親しんだ安心できる場所のイメージであることもあります。夕方に強まりやすいことから「夕暮れ症候群」とも呼ばれます。
ケース4:入浴や着替えを嫌がる(介護への抵抗)
背景:入浴という行為の意味が理解できなくなっている(失行)、裸になるのが恥ずかしい、浴室が寒い・音が不快、体調が悪いなど、ご本人なりの「嫌な理由」があります。「不潔だから」と力ずくで進めると、入浴そのものへの拒否がより強く固定してしまいます。
ご家族や介護者の方が穏やかに、尊厳をもって接することは、ご本人の心を安定させ、BPSDをやわらげる効果的な「お薬」と言えるかもしれません。一方で、すべてをご家族だけで抱えるのは大変です。対応に行き詰まったときは、抱え込まず主治医やケアマネジャー、地域包括支援センターにご相談ください。

8. 当院でできること
神楽坂メンタルクリニックでは、認知症の患者さんとそのご家族をサポートするために、以下のような医療を提供しています。
- 診断と治療方針の決定:院長が丁寧にお話を伺い、必要な検査を行ったうえで、的確な診断と個々の患者さんに合わせた治療計画を立てます。
- 薬物療法の調整:お薬の効果と副作用を丁寧に見極めながら、患者さんにとって適した処方を検討します。BPSDに対しては安易に薬に頼るのではなく、まず環境調整や対応の工夫をご家族と一緒に考えます。
- ご家族への助言と指導(心理教育):認知症の正しい知識、具体的な接し方、利用できる介護サービスの情報などを提供し、ご家族の負担や不安を軽減するお手伝いをします。
- 各種制度の利用支援:介護保険の主治医意見書や、成年後見制度の診断書など、必要な書類の作成にも対応いたします。
頭部CT・MRIなどの画像検査や、抗アミロイド抗体薬(レカネマブ・ドナネマブ)による治療は、当院では実施していません。これらが必要な場合や入院が必要な場合は、検査・治療が可能な専門医療機関と連携してご紹介します。心理士によるカウンセリングは現在準備中です。
医師がご家族の精神的なサポートも含めて親身に相談に応じます。一人で抱え込まず、どうぞお気軽にご相談ください。

9. よくあるご質問(FAQ)
Q. 「ただの物忘れ」と「認知症」はどう違うのですか?
年齢による物忘れは、体験の一部(食事のメニューなど)を忘れても、食べたこと自体は覚えていて、ヒントがあれば思い出せ、日常生活に大きな支障はありません。認知症では、体験そのもの(食事をしたこと自体)を忘れ、ヒントがあっても思い出せず、日付や場所が分からなくなるなど生活に支障が出てきます。気になる場合は、自己判断せず一度ご相談ください。
Q. 新しい薬(レカネマブ・ドナネマブ)を使えば認知症は治りますか?
これらの薬は、アルツハイマー病の原因物質(アミロイドβ)を取り除いて進行を遅らせることを目指す薬で、低下した認知機能を元に戻したり認知症を治したりするものではありません。対象は軽度認知障害や軽度のアルツハイマー型認知症で、検査でアミロイドβの蓄積が確認された方に限られます。副作用の管理のため定期的なMRIが必要で、限られた専門医療機関で投与されます。早期に正確な診断を受けることが、治療の選択肢を広げる鍵になります。
Q. 「財布を盗った」と疑われてつらいです。どうすればよいですか?
物盗られ妄想では、身近で熱心に介護している方ほど「犯人」にされやすい傾向があります。これは病気の症状であって、あなたへの本心ではありません。否定や説得は逆効果になりやすいため、まず「困りましたね」と気持ちに寄り添い、一緒に探すのが有効です。おつらいときは一人で抱えず、主治医や地域包括支援センターにご相談ください。
Q. 認知症は予防できますか?
確実に防ぐ方法はありませんが、リスクを下げられる可能性が示されています。具体的には、禁煙、定期的な運動、高血圧・糖尿病・脂質異常症の管理、難聴への対応、社会参加や人との交流、知的な活動の維持などです。中年期からの生活習慣の見直しが役立つと考えられています。
Q. 本人が受診を嫌がります。どうすればよいですか?
「認知症の検査」と正面から伝えると拒否されやすいため、「健康診断」「最近よく眠れているか相談」「血圧の確認のついでに」など、ご本人が受け入れやすい形でお誘いする方法があります。かかりつけ医がいれば、まずそちらから勧めてもらうのも有効です。ご家族だけで対応に困る場合は、地域包括支援センターに相談すると、訪問などの形で関わってもらえることもあります。
※このページの内容は、認知症について理解を深めていただくための一般的な情報です。診断・治療は個々の状態によって異なり、効果や経過には個人差があります。お薬は自己判断で中止せず、医師にご相談ください。
※介護に関する相談は、お住まいの地域の地域包括支援センターでも受け付けています。ご家族の介護疲れや気持ちのつらさが強いときは、一人で抱え込まず下記にもご相談いただけます。
こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556(お住まいの地域の公的な相談窓口につながります)
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