せん妄は手術や入院、薬剤などの影響で一時的に脳が混乱し、注意力が散漫になったり、幻覚が見えたりする状態です。原因を取り除けば回復する可能性が高い病気です。
身体と環境の変化で混乱する脳の機能不全
- 注意を向けたり、その維持が難しい
- 話のつじつまが合わなくなる
- 実際にはないものが見えたり、聞こえたりする
- 時間や場所がわからなくなる
- 急に興奮したり、逆にぼんやりしたりする
- 昼夜のリズムが逆転してしまう
- 記憶が曖昧になる
- 不安や恐怖、イライラが強くなる
ご家族が入院や手術の後に、急に人の見分けがつかなくなったり、話のつじつまが合わなくなったりして、まるで別人のようになってしまった——そんな経験はありませんか。もしかすると、それは「せん妄」かもしれません。
せん妄は、病気・薬・手術といった身体への大きな負担や、入院という環境の急な変化などが引き金となって起こる一時的な脳の機能不全です。例えるなら、脳が一時的にオーバーヒートして正常に働かなくなっている状態、あるいは急な濃い霧に包まれて周りがよく見えなくなっている状態をイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。適切な治療によって回復が見込める状態です。
1. せん妄とは?(認知症との違い)
せん妄は症状が似ているため「認知症」と間違われやすいですが、この二つはまったく異なります。大きな違いは、その経過です。

せん妄は適切な治療によって回復が見込める状態です。しかし、せん妄をきっかけに身体の状態が悪化したり入院期間が長引いたりすることもあるため、早期発見と適切な対応が重要です。
身体とこころのつながり(外因性の精神症状)
せん妄は、身体疾患やその治療(薬物など)が原因で精神症状が引き起こされる「外因性精神疾患」の代表です。肺炎・脱水・骨折といった身体の不調が、巡り巡って脳の働きに影響を与え、混乱や幻覚を引き起こします。これを知っておくと、患者さんの急な変化に驚かず冷静に対応する助けになります。
2. 主な症状
症状は非常に多彩で、人によって現れ方が異なります。一日の中でも大きく変動するのが特徴で、「昼間は落ち着いていたのに夜になったら急に騒ぎ出した」ということも珍しくありません。
注意障害(中心的な症状)
話に集中できず会話がすぐ途切れる/周りの些細な物音や動きにすぐ気を取られる/話しかけても反応が鈍くぼーっとしている。
認知機能の障害
- 見当識障害:今がいつ(時間)・ここがどこ(場所)か分からなくなる。「家に帰る」と病室から出ようとすることも。
- 記憶障害:少し前の出来事を思い出せない。せん妄中の出来事を覚えていないことも多い。
- 思考の混乱:話がまとまらず支離滅裂になる。
知覚の障害
- 幻覚・錯覚:実際にはないものが見える「幻視」が多く、「虫が見える」「人が部屋にいる」などと訴えます。点滴のチューブを蛇と見間違える(錯覚)ことも。実際にはない音が聞こえる「幻聴」が起こることもあります。
- 妄想:「悪口を言われている」「誰かに狙われている」といった被害的な内容が多く、不安や恐怖を強めます。
活動レベルの変化(3つのタイプ)
睡眠・覚醒リズムの障害:昼間はうとうと眠り、夜に目が覚めて活動的になる(昼夜逆転)、夜に眠れず何度も起きる・悪夢を見る、といったこともよくみられます。
3. 原因やきっかけ
せん妄は単一の原因で起こることは少なく、いくつかの要因がパズルのように組み合わさって発症します。大きく3つのグループで考えると分かりやすいです。

4. 診断の流れ
せん妄の診断は、パズルのピースを集めるように、さまざまな情報を統合して行います。
- 問診:ご本人や、普段の様子をよく知るご家族・看護師から、「いつから」「どのような」症状が出たか(急に始まったかが重要)、症状が一日の中で変動するか、もともとの持病や飲んでいる薬、普段の生活の様子(認知症の有無)を伺います。ご家族からの「いつもと違う」「急に様子がおかしくなった」という情報が、何よりの手がかりになります。
- 診察と簡単なテスト:意識の状態・見当識(時間や場所が分かるか)・注意力を評価します。「今日は何月何日ですか」「ここはどこですか」といった質問や、注意力を見る簡単なテスト(CAMなどの評価ツール)を用います。
- 原因を探す検査:せん妄は身体の異常のサインであることが多いため、背景の原因を見つけることが治療の第一歩です。血液検査(脱水・電解質異常・感染症・肝腎機能)、尿検査(尿路感染症)、画像検査(CT・MRIで出血や梗塞の有無)、心電図・胸部レントゲン、必要に応じて脳波検査(てんかんなど他の意識障害との区別)を行います。
重要なのは、「せん妄」と診断すること自体よりも、その原因となっている身体の問題を突き止めることです。

5. 主な治療法(原因と環境から)
せん妄の治療で何より大切なのは、せん妄を引き起こしている原因を取り除くことです。感染症が原因なら抗菌薬で治療し、脱水なら点滴で水分を補給します。原因となっている薬剤があれば、可能であれば中止したり他の薬に変更したりします。それと同時に、患者さんが安心して過ごせる環境を整える非薬物療法(環境調整)が重要です。
① 非薬物療法(環境調整)— 安心できる環境づくり
薬を使わないアプローチが治療の基本であり、中心となります。
- 安心感を与える:穏やかに、はっきりとした口調で、繰り返し自己紹介をしたり、見守っていることを伝えたりします。
- 見当識を保つ手助け:カレンダーや時計を見える場所に置きます。窓から外が見えると昼夜の感覚が分かりやすくなります。
- 適切な感覚刺激:普段使っているメガネや補聴器を必ず装着してもらいます。ご家族の写真や使い慣れたタオルをそばに置くのも効果的です。
- 昼夜のリズムを整える:日中はカーテンを開けて明るくし、散歩やリハビリで離床を促します。夜は照明を落とし、静かな環境を作ります。
- 身体的な苦痛を取り除く:痛みには適切に鎮痛薬を使い、便秘や排尿の問題に対応します。
- 安全の確保:ベッドの高さを低くする、足元にセンサーマットを置くなど。危険がない限り、身体拘束はせん妄を悪化させるため極力避けます。
② 薬物療法 — 症状が激しい場合に
非薬物療法を行っても、興奮が激しく患者さん自身の安全が脅かされたり治療に支障が出たりする場合には、一時的に薬物療法を検討します。
- 抗精神病薬:幻覚・妄想・強い興奮を和らげる目的で、リスペリドン、クエチアピン、ハロペリドールなどをごく少量から慎重に使用します。
- 睡眠に関する薬:一般的なベンゾジアゼピン系の睡眠薬はせん妄を悪化させることがあるため、使用は慎重に行います。不眠が強い場合には、せん妄を起こしにくいタイプの薬(ラメルテオン、スボレキサントなど)が選択されることがあります。
薬はあくまで補助的なものであり、根本的な治療は原因疾患の治療と環境調整です。なお、せん妄に用いられる抗精神病薬の多くは、日本では「せん妄」そのものへの保険適用がなく、医師が必要性を判断して慎重に使用します。

さらに詳しく知りたい方はこちら 精神科の薬物療法について >>
6. 回復や再発予防について
せん妄は、原因が解決されれば数日から数週間で回復する「可逆的な」状態です。ただし高齢の患者さんなどでは、せん妄が長引いたり、完全に元の状態に戻るまで時間がかかったりすることもあります。回復期には、症状が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に落ち着いていきます。せん妄中の記憶がない方もいれば、断片的に覚えていて「おかしなことをしてしまった」と落ち込む方もいます。その際は、ご本人のせいではなく病気がそうさせたのだと伝え、安心させてあげることが大切です。

病棟でできるせん妄の予防策(ABCDEFバンドル)
せん妄は、発症してから対応するよりも発症を予防することが重要です。ハイリスクの患者さん(高齢、認知症のある方など)が入院した際、医療スタッフは「ABCDEFバンドル」という考え方に基づいてチームで予防的介入を行います。
これらに加え、水分補給をしっかり行うこと、栄養状態を良好に保つこと、睡眠環境を整えることも効果的な予防策です。
7. 患者さんへの接し方(ご家族・看護の方へ)
せん妄状態の患者さんへの対応は、ご家族や看護師にとって精神的にも身体的にも大変なことです。しかし、適切な対応は患者さんの回復を助け、安全を守るうえで欠かせません。
基本的な心構え
冷静に、穏やかに(周りが慌てると不安が伝わり、さらに患者さんの不安を煽ります)/批判や否定をしない(幻覚や妄想を頭ごなしに否定すると不信感・孤立感を抱き興奮を強めます)/言動は病気の症状と理解する(暴言や攻撃的な態度は人格ではなく脳が混乱していることによる「症状」です。ご自身も患者さんも責めないでください)。

具体的な声かけと行動
やってはいけない対応
議論する・言い負かそうとする(論理は通用しません)/大勢で取り囲む(威圧感・恐怖を増します)/身体を強く掴む・無理やり押さえつける(興奮を高め、互いに怪我のリスク)/本人を無視して家族やスタッフ同士で話す(疎外感・不信感を抱かせます)。
せん妄のケアは根気が必要です。一人で抱え込まず、医療スタッフや他のご家族と情報を共有し、チームで対応することが大切です。
8. 当院でできること
神楽坂メンタルクリニックでは、せん妄に関するご相談や、せん妄から回復された後のフォローアップに対応しています。
- 専門医による診断と評価:せん妄の症状なのか、あるいは他の精神疾患(うつ病や不安症など)が隠れていないか、専門的な視点から診断します。
- 原因の考察と助言:背景にある身体疾患や服用中のお薬を考慮し、せん妄のリスクや原因について、かかりつけの先生と連携するための情報提供や助言を行います。
- 薬物療法の調整:せん妄の回復後も不眠や不安が続く場合、せん妄のリスクが低い薬剤を選択し、慎重に処方・調整を行います。
- ご家族へのサポートと指導:対応に悩むご家族に、具体的な接し方や再発予防のために家庭でできることを医師が詳しくご説明し、ご相談に応じます。
- 医療機関との連携:地域の病院と連携し、入院中の患者さんのせん妄対策について情報提供を行うことも可能です。
せん妄は、入院や手術などの身体的な負担を背景に起こることが多い状態です。急性期の入院中に強い興奮や混乱がある場合は、入院先の主治医・病棟スタッフへの相談が基本となります。当院は無床診療所のため、入院での対応が必要な場合は適切な医療機関と連携・ご紹介します。心理士によるカウンセリングは現在準備中です。
せん妄について気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。

9. よくあるご質問(FAQ)
Q. せん妄と認知症はどう違うのですか?
大きな違いは経過です。せん妄は数時間〜数日で急に始まり、一日の中で症状に波があり(特に夜間に悪化)、原因を取り除けば回復が見込めます。認知症は数か月〜数年かけて緩やかに進み、症状は比較的安定しています。ただし、認知症はせん妄の最大のリスク因子の一つで、両者が重なって起こることも多くあります。
Q. 入院した家族が急に別人のようになりました。元に戻りますか?
せん妄は原因が解決されれば数日〜数週間で回復する可逆的な状態で、多くの場合、元の状態に戻ります。ただし高齢の方などでは回復に時間がかかったり長引いたりすることもあります。「いつもと違う」という気づきはとても重要なサインですので、入院先のスタッフに早めに伝えてください。
Q. 幻覚や妄想を訴えるとき、否定してよいですか?
頭ごなしに否定するのは逆効果です。本人にとってはそれが「真実」のため、否定されると不信感や孤立感を抱き、興奮を強めてしまいます。まず「それは怖いですね」と気持ちに寄り添い、共感したうえで「私には見えないけれど一緒に探しましょうか」とさりげなく現実とのズレを伝え、安全な環境を整えるのが有効です。
Q. おとなしくぼんやりしているだけなら心配いりませんか?
いいえ、注意が必要です。口数が減りぼんやり無気力になる「低活動型」のせん妄は、「おとなしい」「疲れているだけ」と見過ごされがちですが、見逃されやすく、かえって注意したいタイプです。食事を摂らない、反応が鈍いなどの変化に気づいたら、スタッフに伝えてください。
Q. せん妄は予防できますか?
完全に防げるとは限りませんが、リスクを下げる工夫は多くあります。痛みの管理、早期離床、昼夜のリズムを整える、メガネ・補聴器の使用、水分・栄養を保つ、ご家族の関わりなどが効果的です(ABCDEFバンドル)。ハイリスクの方が入院する際は、医療チームがこうした予防的介入を行います。
※このページの内容は、せん妄について理解を深めていただくための一般的な情報です。診断・治療は個々の状態によって異なり、効果や経過には個人差があります。急に意識や言動の変化が現れたときは、入院中であれば病棟スタッフへ、ご自宅であればかかりつけ医や救急にご相談ください。
※ご家族の介護や対応で気持ちがつらいときは、一人で抱え込まず下記にもご相談いただけます。
こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556(お住まいの地域の公的な相談窓口につながります)
さらに詳しく知りたい方は、次のページにお進みください。
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