もの忘れや判断力の低下(中核症状)に加え、不安や興奮(BPSD)などが現れることがあります。ご本人に合わせた治療と周囲の理解、適切な対応が大切です。
記憶や判断力が少しずつ失われ、生活に支障をきたす脳の変化
- 新しいことを覚えられない
- 日時や場所がわからない
- 順序だてて行動できない
- 言葉がうまく出てこない
- 慣れた動作ができない
- 人や物を見ても認識できない
- 落ち着きがなくなる
- 気分が落ち込む
ここから先は、認知症(神経認知障害)について、診断基準(DSM-5-TR / ICD-11)・疫学・病態生理・各疾患の臨床像・検査・治療(最新の疾患修飾薬のエビデンスを含む)・ガイドラインまでを専門的に解説します。医療従事者の方や、より深く知りたい患者さん・ご家族に向けた内容です。
【1】疾患概念・定義(DSM-5-TR / ICD-11)
神経認知障害(Neurocognitive Disorder:NCD)は、後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した認知機能が持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす状態と定義される。認知症は、DSM-5-TRにおける「認知症(Major Neurocognitive Disorder)」に相当する。認知機能低下の程度により「軽度神経認知障害(Mild NCD)」と「認知症(Major NCD)」に分類される。
病因診断として、アルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、レビー小体病、血管性疾患、外傷性脳損傷、物質・医薬品誘発性、HIV感染、プリオン病、パーキンソン病、ハンチントン病、他の医学的疾患、多重病因、特定不能のサブタイプが特定される。ICD-11でも「Dementia」の定義はDSM-5-TRとおおむね一致し、後天的な認知機能低下が日常生活の自立を損なう状態とされ、病因による分類も同様に行われる。
【2】疫学
- 国内の有病率:2012年時点の65歳以上の認知症有病率は約15%(約462万人)と推定された。2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)に達すると予測されている。
- 原因疾患の割合:アルツハイマー型認知症が多く約67.6%、次いで血管性認知症が約19.5%、レビー小体型認知症が約4.3%と報告されている。
- 性差:全般的に女性に多い。女性の平均寿命が長いこと、アルツハイマー型のリスクが女性で高いことに関連すると考えられる。血管性認知症は男性にやや多い傾向。
- 世界の患者数:2019年時点で全世界に約5,500万人、2050年までに約1億3,900万人に増加すると推定される(WHO)。
- 発症年齢:原因疾患により異なる。アルツハイマー型は通常65歳以降に発症(若年性はそれ以前)。前頭側頭型は比較的若年(40〜60代)での発症が多い。
【3】病因・病態生理
アルツハイマー病(AD)
主な病理学的特徴は、老人斑(アミロイドβ[Aβ]の細胞外沈着)と神経原線維変化(リン酸化タウタンパクの細胞内蓄積)である。Aβの凝集・蓄積が最初のトリガーとなり、タウ病理、シナプス機能不全、神経細胞死、脳萎縮へと至る「アミロイドカスケード仮説」が主流である(Hardy & Selkoe, 2002)。アポリポタンパクE(ApoE)のε4アレルは、ADの強力な遺伝的危険因子である。心理社会的因子として、低学歴、中年期の高血圧・肥満・難聴、喫煙、うつ病、社会的孤立、運動不足などが報告されている(Livingston et al., 2020)。
レビー小体病(LBD)
大脳皮質・脳幹の神経細胞内に、α-シヌクレインを主成分とする好酸性の細胞内封入体であるレビー小体が出現する。コリン作動性神経の著明な脱落が認められ、これが認知機能変動や幻視に関与すると考えられている。
血管性認知症(VaD)/前頭側頭葉変性症(FTLD)
VaD:脳梗塞(多発性・戦略的部位)、広範な小血管病変(ラクナ梗塞、Binswanger病)、脳出血など、脳血管障害による神経組織の損傷が原因。損傷部位により臨床像は多彩。FTLD:病理学的に多様で、異常蓄積するタンパク質によりFTLD-tau(タウオパチー)、FTLD-TDP(TDP-43プロテイノパチー)、FTLD-FUSに大別される。前頭葉・側頭葉の選択的萎縮を特徴とする。
【4】臨床症状・経過(疾患別)
【5】鑑別診断と評価尺度
詳細な病歴聴取・神経学的診察・認知機能評価・画像検査・血液検査を組み合わせて総合的に診断する。特に治療可能な認知症(Treatable Dementia)の除外が重要である。
主要な評価尺度
- 全般的な認知機能:MMSE、長谷川式(HDS-R)、MoCA(軽度認知障害=MCIのスクリーニングに有用)。
- 重症度評価:Clinical Dementia Rating(CDR)。記憶・見当識・判断力と問題解決・社会適応・家庭状況および趣味・介護状況の6項目を評価。Global scoreとSum of Boxes(SB)がある。
- BPSD評価:Neuropsychiatric Inventory(NPI)、BEHAVE-AD。
鑑別診断
- せん妄:急性発症、意識レベルの変動、注意障害が前景に立つ点で鑑別する。認知症はせん妄の危険因子であり合併することも多い。
- うつ病(偽性認知症):高齢者のうつ病では、アパシーや集中力低下が認知機能低下のように見えることがある。急な発症、本人の苦痛の訴えが強いなどの病歴や抗うつ薬への反応性で鑑別する。
- 他の精神疾患:統合失調症の慢性期における陰性症状や認知機能障害との鑑別が必要となる場合がある。
【6】検査
【7】治療
治療目標は、中核症状の進行抑制、BPSDのコントロール、QOLの維持・向上である。
抗認知症薬(対症療法)
- アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEIs):ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン。軽度〜高度のAD、およびレビー小体型認知症に適応。
- NMDA受容体拮抗薬:メマンチン。中等度〜高度のADに適応。AChEIとの併用も可能。
疾患修飾薬(抗アミロイド抗体薬)
アミロイドβを標的とする抗体薬。国内ではレカネマブ(レケンビ)とドナネマブ(ケサンラ)の2剤が承認されている(ドナネマブは2024年9月承認・11月発売)。いずれも、アミロイドPETやCSF検査でAβ病理が確認された早期AD(MCI due to ADおよび軽度AD)が対象であり、進行例は適応外。投与は限られた専門医療機関で行われ、定期的なMRIによる安全管理を要する。
いずれも認知機能を回復させる薬ではなく、早期ADにおける臨床的進行の緩和を目的とする。ベースラインのタウ/p-tau217が低いほど治療効果が大きい傾向が報告されている。
BPSDに対する薬物療法
- 原則:非薬物療法を第一選択とし、薬物療法は重篤なBPSD(自傷他害の危険など)に限定し、必要最小量を短期間使用する(Beers Criteria、STOPP/START criteria参照)。
- 抗精神病薬:リスペリドン、クエチアピン、アリピプラゾールなどが少量で用いられる。レビー小体型認知症では抗精神病薬過敏性に特に注意。ブレクスピプラゾールはADに伴うアジテーションに適応を持つ。なお高齢認知症患者への抗精神病薬は死亡リスク増加が指摘されており、適応・期間を慎重に判断する。
- 抗うつ薬:SSRI(セルトラリン、エスシタロプラムなど)が抑うつ・不安・焦燥に有効な場合がある。
- 漢方薬:抑肝散が易刺激性・焦燥・攻撃性に対して有効性を示すエビデンスがある。
心理社会的介入・入院適応
入院適応:精神症状(幻覚・妄想・興奮など)が激しく在宅対応が困難な場合、自傷・他害のリスクが高い場合、身体合併症の精査・治療が必要な場合、介護者のレスパイト目的など。当院は無床診療所のため、入院が必要な場合は連携医療機関へ紹介する。
【8】予後・予防
- 予後:認知症は一般的に不可逆的かつ進行性の経過をたどる。ADの平均罹病期間は診断から8〜10年程度とされるが個人差が大きい。死因は誤嚥性肺炎や感染症が多い。
- 機能予後:ADL・IADLは病期の進行とともに低下する。適切なリハビリテーションや介護サービスの導入により、機能低下の速度を緩やかにすることは可能。
- 予防:現時点で確実な予防法はないが、複数の生活習慣の修正がリスクを低減する可能性が示唆されている(Livingston et al., 2020)。推奨される介入として、禁煙、定期的な運動、高血圧・糖尿病・脂質異常症の管理、難聴への対応、社会参加、認知的活動の維持など。
【9】最新研究動向と今後の展望
- 超早期診断技術の進展:血液バイオマーカー(p-tau217など)の実用化が進み、発症前の病理変化を検出する試みがなされている。preclinical AD段階での介入研究が可能になりつつある。
- 疾患修飾薬の発展:抗アミロイド抗体(レカネマブ・ドナネマブ)に続き、抗タウ抗体、抗炎症薬、神経保護薬など多様な作用機序の薬剤開発が進行中。発症前の無症候性アミロイド陽性者を対象とした予防的投与の臨床試験(TRAILBLAZER-ALZ 3など)も進む。
- デジタルバイオマーカー:スマートフォンやウェアラブルで日常の行動・会話パターンを収集し、認知機能低下の兆候を早期に検出する研究。
- 個別化医療:ApoE遺伝子型などの遺伝的背景やバイオマーカー情報に基づき、最適な治療・予防法を選択するアプローチ。
- 非薬物療法の科学的検証:VRを用いたリハビリや、特定の光・音刺激による神経活動の変調(ガンマ波刺激療法など)の有効性が検証されている。
今後は、発症前のリスク評価から超早期診断、病態に応じた疾患修飾薬と非薬物療法の併用、進行期のQOL維持まで、シームレスなケア体制の構築が期待される。
【10】国内外ガイドライン比較
いずれのガイドラインも、早期診断と早期介入、非薬物療法の優先、Person-Centered Care(その人中心のケア)、多職種連携、介護者支援の重要性を共通して強調している。疾患修飾薬の登場に伴い、これら新薬の適切な使用に関する推奨が各ガイドラインで更新されつつある。
【11】参考文献
- American Psychiatric Association. (2022). DSM-5-TR.(日本精神神経学会 日本語版用語監修『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院, 2023)
- Hardy J, & Selkoe DJ. (2002). The amyloid hypothesis of Alzheimer’s disease. Science, 297(5580), 353-356. (PMID:12110915)
- Livingston G, et al. (2020). Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. The Lancet, 396(10248), 413-446. (PMID:32738937)
- van Dyck CH, et al. (2023). Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med, 388(1), 9-21. (PMID:36449413)
- Sims JR, et al. (2023). Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease (TRAILBLAZER-ALZ 2): A Randomized Clinical Trial. JAMA, 330(6), 512-527. (PMID:37459141)
- 日本神経学会・日本老年医学会ほか『認知症疾患診療ガイドライン』/日本老年精神医学会ほか『BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン』.
- 永井良三(シリーズ総監修), 笠井清登(編)『精神科研修ノート 第3版』診断と治療社/井上令一(監修)『カプラン臨床精神医学テキスト 第3版』MEDSI/松崎朝樹『精神診療プラチナマニュアル 第3版』MEDSI.
【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)
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