不安症は、過剰でコントロール困難な不安が続く病気です。突然のパニック発作(パニック症)、人前での強い恐怖(社交不安症)、絶え間ない心配(全般不安症)などがあります。
危険がないのに「警報」が鳴り続ける、心の病気
- 突然の激しい動悸・息苦しさ
- 人から見られることへの強い恐怖
- コントロールできない過剰な心配
- 落ち着きのなさ・緊張感
- 特定の状況や場所を避ける
- 筋肉のこわばり・不眠
- 疲れやすい・集中できない
- めまい・震え・発汗
【1】疾患概念・定義(DSM-5-TR / ICD-11)
不安症群(Anxiety Disorders)は、過剰な恐怖と不安、およびそれに関連する行動的混乱を中核的な特徴とする精神疾患の一群である。かつてフロイトが提唱した「神経症」概念に由来する疾患群が多く含まれるが、DSM-III以降、操作的診断基準の導入により、各疾患が独立した診断単位として定義されてきた。本稿では、パニック症(PD)、社交不安症(SAD)、全般不安症(GAD)に焦点を当てる。
- パニック症(Panic Disorder; PD):
予期しないパニック発作が反復して起こり、その発作後に、さらなる発作への持続的な懸念(予期不安)や発作に関連した行動の不適応的な変化(回避行動など)が1ヶ月以上続くことを特徴とする。広場恐怖症は併存診断として扱われる。 - 社交不安症(Social Anxiety Disorder; SAD):
他者から注視される可能性のある1つ以上の社交状況に対する顕著な恐怖または不安が中核。自分の振る舞いや不安症状が否定的な評価を受けること(恥をかく、拒絶される等)を恐れる。恐怖、不安、回避は持続的(典型的には6ヶ月以上)である。パフォーマンス場面に限局するものを「パフォーマンス限局型」と特定する。 - 全般不安症(Generalized Anxiety Disorder; GAD):
多数の出来事や活動についての、コントロール困難な過剰な不安と心配(予期憂慮)が、少なくとも6ヶ月間、ない日よりもある日の方が多い状態。落ち着きのなさ、易疲労性、集中困難、易怒性、筋肉の緊張、睡眠障害のうち3つ以上を伴う。
【2】疫学(国内外、有病率、性差、発症年齢)
不安症群は精神疾患の中でも最も有病率の高い疾患群の一つである。
| 項目 | パニック症 (PD) | 社交不安症 (SAD) | 全般不安症 (GAD) |
| 生涯有病率 (米国) | 約4.7% | 約12.1% | 約5.7% |
| 12ヶ月有病率 (米国) | 約2.7% | 約6.8% | 約3.1% |
| 性差 (女性:男性) | 約 2 : 1 | 約 1.5-2 : 1 | 約 2 : 1 |
| 発症年齢 (中央値/平均) | 20~24歳 | 13歳 | 30歳代半ば |
日本のデータ:世界精神保健日本調査(WMHJ)によると、何らかの不安症の生涯有病率は8.1%、12ヶ月有病率は4.0%である。個別の疾患では、米国のデータと比較して有病率は低い傾向にあるが、依然として主要な精神疾患であることに変わりはない。
【3】病因・病態生理(神経生物学・心理社会的要因)
不安症群の病態には、生物・心理・社会的要因が複雑に相互作用している。
神経生物学的要因(共通点と相違点)
- 恐怖サーキット(Fear Circuitry):
不安症群に共通する神経基盤として、扁桃体(amygdala)を中心とし、前部帯状回(ACC)、島皮質(insula)、前頭前野(PFC)などから構成される神経回路の機能異常が考えられている。扁桃体は脅威刺激の検出と情動反応の惹起に中心的役割を担い、PFCは扁桃体の活動をトップダウンで制御し、情動を調節する。不安症では、この扁桃体の過活動とPFCによる制御機能の低下のアンバランスが存在するとされる。 - 疾患特異的な病態:
- PD: 脳幹の呼吸中枢や化学受容器の過敏性が関与する「窒息誤報仮説」が提唱されている。
- SAD: 他者の表情(特に怒りや軽蔑)といった社会的脅威刺激に対する扁桃体の過剰な反応性が特徴的である。
- GAD: 心配や反芻に関与する皮質-線条体-視床-皮質回路(CSTC loop)の機能異常が指摘されている。
- 神経伝達物質:
セロトニン系、ノルアドレナリン系、GABA系の機能不全が共通して関与しており、SSRI/SNRIやベンゾジアゼピン系薬剤の薬理作用の基盤となっている。SADではドパミン系の関与も示唆されている。
心理社会的要因(認知行動モデル)
各疾患には、その症状を維持・悪化させる特有の認知行動パターンが存在する。
- PD (Clark, 1986):
動悸やめまいといった身体内部感覚を「心臓発作」「失神」などと破局的に誤解釈することがパニック発作を引き起こすという認知モデル。 - SAD (Clark & Wells, 1995):
社交場面において、否定的な自己イメージに囚われ、自身の内的感覚や行動に注意が過剰に向く(自己注目)。失敗を避けようとする安全希求行動が、かえって不自然な振る舞いを引き起こし、否定的な自己イメージを強化する。 - GAD (Dugas et al., 1998):
不確実性への不耐(Intolerance of Uncertainty)が中核的な病態とされる。不確実な未来を予測しコントロールしようとする試みとして「心配」が生じるが、心配することへの肯定的信念(例:「心配すれば備えができる」)や、問題解決への否定的志向性、認知的回避などが心配を維持させる。
【4】治療(薬物療法、心理社会的介入)
国内外の主要なガイドラインにおいて、薬物療法とCBTが有効性の高い治療法として推奨されている。
薬物療法
- 第一選択薬:
SSRI(エスシタロプラム、パロキセチン、セルトラリン等)およびSNRI(ベンラファキシン、デュロキセチン等)が、PD、SAD、GADのいずれに対しても第一選択薬として推奨される(GRADE: 強い推奨、エビデンスの確実性: 高)。 - 第二選択薬以降:
三環系抗うつ薬(クロミプラミン等)も有効性が示されているが、副作用の観点から忍容性に劣る。GADに対してはプレガバリンも有効な選択肢である。 - ベンゾジアゼピン系薬剤:
即効性があり急性期の不安緩和に有効だが、依存、耐性、離脱症状のリスクから長期使用は避けるべきである。SSRI/SNRIの効果発現までの短期間の併用や頓用にとどめるのが原則である。
心理社会的介入(認知行動療法; CBT)
CBTは薬物療法と少なくとも同等の効果を有し、治療終結後の再発予防効果は薬物療法を上回る可能性が示されている。各疾患の認知行動モデルに基づき、特異的な介入が行われる。
| 疾患名 | CBTの主要な介入ターゲット | 特徴的な技法 |
| パニック症 | 身体感覚の破局的誤解釈 | 内的感覚曝露 (Interoceptive Exposure) 呼吸訓練 状況曝露 |
| 社交不安症 | 否定的評価への恐れ 自己注目 安全希求行動 | 行動実験 ビデオフィードバック 注意訓練 安全希求行動の中止 |
| 全般不安症 | 不確実性への不耐 心配についての信念 | 心配タイムの設定 不確実性への曝露 問題解決訓練 リラクゼーション |
【5】鑑別診断
不安症群の診断においては、身体疾患の除外が最優先である。特に心血管疾患、呼吸器疾患、内分泌疾患(甲状腺機能亢進症等)、神経疾患(てんかん等)との鑑別が重要となる。精神疾患の中では、うつ病との併存・鑑別が臨床的に最も重要である。また、不安症間の鑑別では、不安や恐怖、心配の対象が何であるかを見極めることが鍵となる。
【6】最新研究動向(過去5年)と今後の展望 (2025年時点)
- 治療法の個別化と層別化:
神経画像や遺伝子情報などのバイオマーカーを用いて、個々の患者に最適な治療法(例:SSRIが効きやすいか、CBTが適しているか)を予測する研究(Precision Medicine)が進行中である。 - テクノロジーの活用:
インターネット認知行動療法(ICBT)やVR(バーチャルリアリティ)を用いた曝露療法は、治療アクセスを向上させ、より効果的な介入を可能にする技術として、多くのエビデンスが蓄積されている。 - 神経科学的アプローチ:
tDCS(経頭蓋直流電気刺激)やTMS(経頭蓋磁気刺激法)といったニューロモデュレーション技術を用いて、恐怖サーキットの活動を直接的に調節し、症状を改善しようとする治療法の開発が進められている。
【7】参考文献
- American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed., text rev.).
- DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(日本精神神経学会 (日本語版用語監修)・出版社:医学書院)
- 精神科研修ノート第3版(永井 良三(シリーズ総監修) 笠井 清登 (編集)・出版社:診断と治療社)
- カプラン臨床精神医学テキスト第3版 (井上 令一 (監修)・出版社:MEDSI)
- 精神診療プラチナマニュアル第3版(松崎 朝樹 (著)・出版社:MEDSI)
- こころの健康が見える第1版(出版社:MEDIC MEDIA)
- David, D., Cristea, I., & Hofmann, S. G. (2018). Why Cognitive Behavioral Therapy Is the Current Gold Standard of Psychotherapy. Frontiers in Psychiatry, 9, 4. (PMID: 29379433)
- Bandelow, B., & Michaelis, S. (2015). Epidemiology of anxiety disorders in the 21st century. Dialogues in Clinical Neuroscience, 17(3), 327–335. (PMID: 26487813)
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