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うつ病

心のエネルギーが枯渇し、喜びや意欲を失ってしまう脳の機能障害

うつ病は気分が落ち込み、何事にも興味や喜びを感じられなくなる病気です。十分な休息と適切な治療で回復できます。一人で抱え込まず、ご相談ください。

  • 気分が落ち込み
  • 興味や喜びが感じられない
  • 睡眠がうまく取れない
  • 食欲が落ちる、または増えてしまう
  • 体がだるく感じる
  • 集中できない、考えがまとまらない
  • 不安や焦り、苛立ち
  • 自分を責めすぎる
  • 価値がないと感じる
  • 死にたいと考えることがある

ここから先は、大うつ病性障害(うつ病)について、診断基準・疫学・病態生理・治療アルゴリズム・最新ガイドライン(日本うつ病学会『うつ病診療ガイドライン2025』)までを専門的に解説します。医療従事者の方や、より深く知りたい患者さん・ご家族に向けた内容です。

【1】疾患概念・定義(DSM-5-TR / ICD-11)

大うつ病性障害(Major Depressive Disorder: MDD)は、抑うつ気分または興味・喜びの喪失を中核症状とし、認知・行動・身体症状を伴って生活機能に重大な支障をきたす、持続的な気分障害である。歴史的にはKraepelinの「躁うつ病」という単一疾患概念から、単極性・双極性の二分論を経て現代の診断体系に至った。DSM-5-TRでは「抑うつ症群」、ICD-11では「気分症(気分障害)」に分類される。

DSM-5-TRにおける大うつ病性障害

診断は大うつ病エピソードの存在によって定義される。以下の9症状のうち5つ以上が同じ2週間に存在し、病前の機能から変化していること。少なくとも1つは「抑うつ気分」または「興味・喜びの喪失」であることを要する。

  1. ほとんど一日中、ほとんど毎日の抑うつ気分(本人の言葉または他者の観察による)
  2. すべて、またはほとんどすべての活動における興味・喜びの著しい減退
  3. 食事療法によらない有意の体重変化、またはほとんど毎日の食欲の減退・増加
  4. ほとんど毎日の不眠または過眠
  5. ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者から観察可能なもの)
  6. ほとんど毎日の疲労感または気力の減退
  7. ほとんど毎日の無価値感、または過剰・不適切な罪責感
  8. 思考力・集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日
  9. 死についての反復思考、反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺の計画

加えて、症状が臨床的に意味のある苦痛・機能障害を引き起こし(基準B)、物質や他の医学的疾患によるものではなく(基準C)、統合失調症スペクトラム障害等で説明されず(基準D)、躁病・軽躁病エピソードの既往がない(基準E)ことを要する。(出典:American Psychiatric Association, DSM-5-TR, 2022)

ICD-11における抑うつエピソード

ICD-11(6A70 Depressive episode)も同様の症状基準を設けるが、症状数と機能障害の程度により軽症・中等症・重症に分類する点が特徴的である。中核症状として「抑うつ気分」「興味・喜びの減退」の少なくとも1つを必須とする。

【2】疫学

MDDは世界的に罹患率の高い精神疾患であり、2019年の世界疾病負担研究(GBD)でも非致死的健康損失の主要原因の一つに挙げられている。

  • 有病率:日本の地域住民を対象とした調査(世界精神保健日本調査)では、MDDの生涯有病率は約6〜7%、12か月有病率は約2〜3%とされる。世界的には生涯有病率が約17%との報告もある。
  • 受療状況:厚生労働省の患者調査では、気分障害(うつ病・躁うつ病等)で受療する患者は約127万人(2017年)と、2002年比で約1.8倍に増加している。また厚労省は、国民の約4人に1人が生涯で気分障害・不安症・物質関連障害のいずれかを経験すると報告している(令和2年)。
  • 性差:多くの国・文化圏で女性の有病率は男性の約1.5〜2倍。自殺企図リスクは女性で高い一方、自殺既遂率は男性で高い傾向がある。
  • 発症年齢:どの年齢でも発症しうるが思春期以降に急増し、20代に最初のピークがみられる。日本では中高年での発症も多い。
日本の気分障害総患者数の推移
日本の気分障害総患者数の推移(厚生労働省「患者調査」より)

【3】病因・病態生理

MDDの病態は多因子性であり、遺伝的素因と環境要因の複雑な相互作用によって発症すると考えられている(ストレス脆弱性モデル)。

神経生物学的要因

  • モノアミン仮説:セロトニン(5-HT)、ノルアドレナリン(NA)、ドパミン(DA)などモノアミン神経伝達物質の機能低下が関与するという古典的仮説。抗うつ薬の作用機序の基盤となっている。
  • 神経可塑性・神経新生仮説:ストレスによるHPA系亢進(コルチゾール過剰)が脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を低下させ、海馬の神経細胞萎縮や神経新生抑制を引き起こすという仮説。うつ病患者で海馬体積の減少が報告されている(Savitz JB, et al., 2014, PMID:24361541)。
  • 炎症仮説:炎症性サイトカイン(IL-1β, IL-6, TNF-α)の上昇が関与するとされ、HPA系の活性化やモノアミン代謝への影響が想定される。ガイドライン2025でも、潜在的な炎症がうつ病の病態に関与しうることが指摘されている。
  • グルタミン酸作動性神経系:NMDA受容体機能異常が注目され、ケタミンの迅速な抗うつ効果の機序として研究が進む(Diaz-Granados N, et al., 2010, PMID:20925932)。
  • 大規模脳ネットワークの異常:安静時機能的MRI(rs-fMRI)研究で、自己参照的思考に関わるデフォルトモードネットワーク(DMN)の過活動や、顕著性検出に関わるセイリエンスネットワーク(SN)の異常が報告されている。SNが大脳皮質に占める割合が健常対照の2倍以上大きいとの報告もある(Lynch CJ, Liston C, et al., 2024, Nature)。

遺伝要因

双生児研究からMDDの遺伝率は約40%と推定される。双極性障害(約80%)より低いが、発症への遺伝的寄与は明らかである。セロトニントランスポーター遺伝子多型(5-HTTLPR)とライフイベントの相互作用が発症リスクを高めるとの報告(Caspi A, et al., 2003, PMID:12869766)は、遺伝子-環境相互作用の代表例である(ただし再現性については議論がある)。

心理社会的要因

  • ライフイベント:喪失体験、対人葛藤、経済的問題などのストレスフルなライフイベントは強力な誘因となり、特に初発エピソードに先行することが多い。
  • 早期逆境体験(ACEs):幼少期の虐待・ネグレクトは、HPA系の機能変化や情動調節困難を介して成人後の発症リスクを高める。
  • 認知モデル:Beckの認知理論では、自己・世界・将来に対する否定的スキーマ(認知の歪み)が抑うつ気分を維持・増悪させると考える。
  • パーソナリティ:神経症的傾向(Neuroticism)の高さは脆弱性因子として知られる。

【4】臨床症状・経過

MDDの臨床像は多彩で、感情・意欲・認知・身体の各側面にわたる。DSM-5-TRでは以下のような特定用語(サブタイプ)が用いられる。

サブタイプ 特徴
メランコリアの特徴精神運動制止、喜びの完全な喪失、早朝覚醒、午前中に悪化する日内変動、過度の罪責感、食欲不振・体重減少。生物学的治療への反応性が比較的良好とされる。
非定型の特徴気分の反応性を保持しつつ、過食・過眠・鉛様麻痺感・拒絶過敏性を特徴とする。若年発症が多く、双極性との関連も指摘される。
精神病性の特徴罪業・貧困・心気妄想や幻覚を伴う重症型。気分一致性が多いが、非一致の場合は統合失調感情障害等との鑑別を要する。
混合性の特徴抑うつエピソード中に3つ以上の躁症状を伴う。双極性への移行リスクが高く、抗うつ薬単剤による躁転に注意(Koukopoulos A, et al., 2013, PMID:23680954)。
不安性の苦痛不安・緊張・落ち着きのなさ・集中困難が顕著。自殺リスクの高さや治療反応性の低さと関連する。

このほか、季節型、周産期発症、緊張病を伴うものなどの特定用語がある。経過:MDDは反復性の経過をとることが多く、未治療の抑うつエピソードは約6〜13か月持続する。エピソードを重ねるごとに再発率は上昇し、約20%が慢性的な経過をたどる。

【5】鑑別診断と評価尺度

診断はDSM-5-TRまたはICD-11の操作的診断基準に基づき臨床面接を通じて行う。鑑別診断は極めて重要であり、特に以下を念頭に置く。

鑑別対象 鑑別のポイント
双極性障害過去の躁病・軽躁病エピソードの有無を本人・家族から詳細に聴取。多弁、活動性亢進、睡眠欲求の減少、家族歴を確認。
持続性抑うつ障害(気分変調症)2年以上続く慢性の軽度抑うつ。MDDを重畳することがある(Double Depression)。
適応障害明確なストレッサーと関連し、消失後6か月以内に症状が軽快。MDDの基準を完全に満たす場合はMDDと診断。
身体疾患による抑うつ甲状腺機能低下症、クッシング病、パーキンソン病、脳血管障害、悪性腫瘍など。身体診察と検査が必須。
物質・医薬品誘発性アルコール、中枢神経刺激薬の離脱、ステロイド、インターフェロン等の使用歴を確認。
認知症高齢者では仮性認知症との鑑別が重要。「わからない」と答える傾向(うつ病)か取り繕う傾向(認知症)かなど応答の質に注目。

評価尺度

重症度評価や治療効果判定の客観的指標として用いられる。近年は、これらの尺度を継続的に測定して治療判断に活かす測定に基づくケア(Measurement-Based Care: MBC)が重視されている。

  • 医師評価式:Hamilton Depression Rating Scale(HAM-D、17項目版が一般的)、Montgomery-Åsberg Depression Rating Scale(MADRS、薬効評価に感度が高い)。
  • 自己評価式:Beck Depression Inventory-II(BDI-II)、Quick Inventory of Depressive Symptomatology(QIDS-J)、Patient Health Questionnaire-9(PHQ-9、プライマリケアで簡便)、Zung(SDS)。

【6】検査

MDDに特異的な確立した生物学的マーカーはないが、鑑別診断と全身状態評価のために各種検査を行う。

  • 血液・尿検査:全血球計算、生化学(肝・腎機能、電解質、血糖)、甲状腺機能(TSH, fT3, fT4)は基本。必要に応じてコルチゾール、ビタミンB12・葉酸・ビタミンD等を測定する。
  • 画像検査:頭部CT/MRIは、脳腫瘍・脳血管障害・慢性硬膜下血腫など器質性疾患の除外のため、特に初老期以降の初発例や非典型例で推奨される。SPECT/PETは認知症との鑑別に有用な場合がある。
  • 生理学的検査:心電図は三環系抗うつ薬など心毒性リスクのある薬剤使用前に必要。脳波はてんかんやせん妄との鑑別に有用。
  • 光トポグラフィー検査(NIRS):抑うつ症状の鑑別診断補助として2014年に保険適用。前頭葉の脳血流変化パターンから、うつ病・双極性障害・統合失調症の判別を補助する(確定診断ではなく補助的位置づけ)。
NIRS
NIRS結果

【7】治療

治療は、正確な診断に基づき、重症度・臨床的特徴・併存疾患・患者の意向を考慮して個別化される。治療目標は症状の寛解(Remission)と機能の回復(Recovery)である。『うつ病診療ガイドライン2025』では、共同意思決定(SDM)を出発点とし、重症度(軽度/中等度・重度)と治療フェーズ(初期治療→後続治療→さらなる段階の治療→維持期)に沿って治療を組み立てる枠組みが示されている。

薬物療法

軽症例では、心理教育・支持的精神療法・環境調整を基本とし、抗うつ薬は適応を慎重に判断する。中等症以上では薬物療法と精神療法が中心的役割を担う。一般的な薬物療法の流れは以下のとおり。

  1. 第一選択薬:SSRI・SNRI・NaSSA・S-RIM(ボルチオキセチン)のいずれかを単剤で開始。副作用プロファイル・併存疾患・過去の治療反応性を考慮して選択する。
  2. 用量調節:少量から開始し、忍容性を確認しながら有効用量まで漸増する。
  3. 効果判定:有効用量で数週間投与しても反応が不十分な場合、増量・切り替え(Switching)・増強(Augmentation)・併用(Combination)を検討する。増強療法では非定型抗精神病薬(アリピプラゾール、ブレクスピプラゾール等)や炭酸リチウム、甲状腺ホルモン(T3)が用いられる。

主な抗うつ薬の作用機序と特徴

系統 薬剤例 特徴
SSRIエスシタロプラム、セルトラリン、パロキセチン第一選択薬。忍容性良好。性機能障害・消化器症状・中止後症状に注意。
SNRIデュロキセチン、ベンラファキシン、ミルナシプラン疼痛を伴ううつにも有効。血圧上昇・排尿障害に注意。
NaSSAミルタザピン鎮静作用が強く不眠・食欲不振に有効。体重増加・眠気に注意。
S-RIMボルチオキセチン(トリンテリックス®)セロトニン再取り込み阻害+受容体調節。認知機能への効果が示唆される。消化器症状に注意。
三環系(TCA)アミトリプチリン、イミプラミン、クロミプラミン効果は強力だが抗コリン作用・心毒性など副作用が多い。難治例などに用いられる。

物理療法(ニューロモデュレーション)

修正型電気けいれん療法(m-ECT)

治療抵抗性、精神病性の特徴、緊張病、切迫した自殺リスク、経口摂取不能な重症例などに対して有効性が高い治療法。短期的な認知機能への影響に注意を要する。

サイマトロン
ECT

反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)

薬物療法に抵抗性の成人に適応。非侵襲的でECTより副作用が少ない。日本では2019年に保険適用となった。治療抵抗性うつ病に対する反応率は約50%、寛解率は約30%と報告されている。近年はシータバースト刺激(TBS)など、より短時間で行えるプロトコルも用いられる。

TMS

心理社会的介入

薬物療法と同等の効果が、特に軽症〜中等症で示されており、再発予防効果も高い。

  • 認知行動療法(CBT):否定的自動思考やスキーマに働きかけ、認知の再構成と行動変容を促す。エビデンスが豊富。
  • 対人関係療法(IPT):「悲哀」「役割をめぐる対立」「役割の変化」「対人関係の欠如」の4領域に焦点を当て、対人スキルの改善を図る。
  • 行動活性化(BA):回避行動を減らし、正の強化をもたらす活動を増やす、CBTから派生した簡潔な治療法。
  • 心理教育:疾患・治療・セルフケアの情報提供を通じてアドヒアランスと自己効力感を高める、すべての治療の基盤。

入院適応

  • 切迫した自殺のリスク、他害の危険
  • 精神病症状や緊張病症状が顕著な場合
  • 著しい食事摂取不良や身体的衰弱
  • 支持的な環境の欠如、または外来治療が困難な場合
  • 難治性で、ECTなどの集中的治療が必要な場合

※当院は外来診療を行う無床診療所のため、入院が必要と判断される場合は、連携する医療機関をご紹介します。

【8】うつ病診療ガイドライン2025のポイント

2025年12月25日、日本うつ病学会は『うつ病診療ガイドライン2025』を公開した。2016年版(2024年一部修正)からの加筆修正ではなく、Mindsの作成方法論を全面採用したゼロベースからの全面改訂であり、約335ページに及ぶ。最大の特徴は、ガイドラインを“規範”ではなく「意思決定を支援するためのツール(地図)」として位置づけ直した点にある。

横軸×縦軸の立体的な章構成

重症度・ライフステージ・特定用語といった「サブタイプ」(横軸)と、初期治療から後続治療・さらなる段階の治療・維持期に至る「治療フェーズ」(縦軸)を組み合わせて、目の前の患者を立体的に捉える構成が採られた。全11章+臨床的に重要な7トピックスからなる。

区分 章構成
共通の前提第1章 治療計画の策定
重症度・ライフステージ(横軸)第2章 軽度/第3章 中等度・重度/第4章 児童・思春期/第5章 周産期/第6章 老年期/第7章 特定用語/第8章 不眠症状を伴う
治療フェーズ(縦軸)第9章 後続治療(初回の抗うつ薬で効果不十分な場合)/第10章 さらなる段階の治療/第11章 維持期治療
7つのトピックス閾値下の抑うつ/精神療法/漢方薬/時間生物学的治療/労働者のうつ病/薬物相互作用/今後期待される治療(ニューロモデュレーション)

実臨床にもたらす主な変化

  • CQ(クリニカルクエスチョン)形式:各章で「治療開始時に考慮すべき視点」「治療選択肢の整理」「エビデンスの限界と臨床的判断」が段階的に示され、図表・フローチャートで意思決定を支援する。
  • SDMとMBCの重視:共同意思決定(Shared Decision Making)を診療の出発点に置き、評価尺度を継続測定して治療を調整する測定に基づくケア(MBC)が組み込まれた。学会は「うつ病の治療法を一緒に選ぶための手引き(Decision Aid)」も公開している。
  • 難治性概念の再整理:「治療抵抗性うつ病(TRD)」に加え、多次元的に評価するDifficult-to-Treat Depression(DTD:治りにくいうつ病)の考え方が導入された。
  • 多職種・当事者参画:精神科医に加え、薬剤師・心理職・看護師・作業療法士、さらに当事者・家族の参画を得て作成され、日本精神神経学会も協力している。

【9】予後・再発予防

MDDは慢性・反復性の経過をたどることが多く、長期的なマネジメントが必要である。

  • 予後不良因子:重症度が高い、精神病性の特徴、不安症やパーソナリティ障害の併存、早期発症、頻回な再発、残遺症状の存在、慢性身体疾患の併存など。
  • 機能的予後:症状が寛解しても認知機能障害や社会的機能低下が遷延することが少なくない。職場復帰にはリワークプログラムなどの専門的支援が有効な場合がある。
  • 継続・維持療法:寛解後も再発予防のため、同用量の抗うつ薬を一定期間(おおむね6か月〜1年)継続する。再発リスクが高い患者ではさらに長期の維持療法が検討される。
  • 心理療法の活用:CBTやマインドフルネス認知療法(MBCT)は、薬物療法中止後の再発予防に有効であることが示されている。

【10】最新研究動向と今後の展望

  • 病態生理:大規模脳ネットワーク研究(DMN・SN・CENの相互作用)、ゲノムワイド関連解析(GWAS)によるリスク遺伝子の同定、腸内細菌叢-腸-脳軸、免疫・炎症系の関与の研究が活発化している。
  • 治療薬開発:従来のモノアミン仮説にとらわれない新規作用機序が注目されている。NMDA受容体を標的とするエスケタミン点鼻薬は、米国では承認され(2019年に経口抗うつ薬との併用、2025年1月には単剤療法としても承認)、産後うつに対するGABA作動薬(ブレキサノロン/ズラノロン)も米国で承認されている。一方、日本ではエスケタミン点鼻薬は承認されておらず(国内第3相試験で有効性を示せなかった)、これらは現時点で国内の標準治療には含まれない。
  • ニューロモデュレーション:rTMSの刺激部位・方法の最適化(シータバースト刺激など)、集束超音波(FUS)といった、より低侵襲で効果的な治療法の開発が進む。
  • デジタル治療(DTx):スマートフォンアプリを用いたCBT(コンピュータCBT)が治療アクセス向上の手段として期待され、ガイドライン2025でも特定の場面での活用が言及されている。
  • 個別化医療:遺伝子情報・脳画像・臨床データを統合したバイオマーカー探索により、個々の患者に最適な治療を予測する研究(Precision Psychiatry)が今後の重要課題である。

【11】国内外ガイドライン比較

ガイドライン 特徴 軽症への基本姿勢
日本うつ病学会(2025)Minds方式でゼロベース改訂。SDM・MBCを基盤に、サブタイプ×治療フェーズの立体構造とCQ・フローチャートで意思決定を支援。心理教育・環境調整・支持的精神療法が基本。薬物療法は適応を慎重に判断。
APA(米国精神医学会)エビデンスに基づき治療選択肢を体系的に提示。薬物療法と心理療法の併用を推奨。心理療法(CBT・IPT)または薬物療法を同等に推奨。
NICE(英国)段階的ケア(Stepped-care)モデル。費用対効果を重視。経過観察・心理教育や低強度の心理社会的介入を優先。軽症への抗うつ薬の第一選択は推奨されない。
WHOプライマリケアでの対応(mhGAP)を重視。職場のメンタルヘルス対策ガイドラインも発行。心理社会的介入を推奨。抗うつ薬は中等症以上で考慮。

全体に、軽症例に対する抗うつ薬の第一選択としての位置づけは低く、心理社会的介入を優先する傾向が共通する。これは、軽症例での抗うつ薬のプラセボに対する優越性が明確でないというエビデンスを反映している。

【12】参考文献

  • 日本うつ病学会 うつ病診療ガイドライン作成ワーキンググループ. (2025). うつ病診療ガイドライン2025. 日本うつ病学会. https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/
  • American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Publishing.
  • 日本精神神経学会(日本語版用語監修). (2023). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院.
  • 井上令一(監修). (2022). カプラン臨床精神医学テキスト 第3版. MEDSI.
  • 松崎朝樹(著). (2020). 精神診療プラチナマニュアル 第3版. MEDSI.
  • 笠井清登(編集). (2021). 精神科研修ノート 第3版. 診断と治療社.
  • 医療情報科学研究所(編). (2021). こころの病気がみえる vol.1. メディックメディア.
  • 厚生労働省. 患者調査(精神疾患を有する総患者数・気分障害の推移). https://www.mhlw.go.jp/
  • World Health Organization. (2022). WHO guidelines on mental health at work.
  • Kessler RC, et al. (2003). The epidemiology of major depressive disorder (NCS-R). JAMA, 289(23), 3095-3105. (PMID:12813115)
  • Kupfer DJ, Frank E, Phillips ML. (2012). Major depressive disorder. Lancet, 379(9820), 1045-1055. (PMID:22405780)
  • Lynch CJ, Liston C, et al. (2024). Frontostriatal salience network expansion in individuals with depression. Nature, 633, 624-633.

【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)

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