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躁うつ病

気分の高揚と落ち込みを繰り返す脳の病気

気分の高揚(躁)と落ち込み(うつ)を繰り返す脳の病気です。お薬と心理社会的な工夫で気分の波をコントロールし、安定した毎日を目指せます。

  • 気分が異常に高揚する
  • 自信に満ちあふれる
  • あまり眠らなくても平気になる
  • 次々とアイデアが浮かぶ
  • 気分がひどく落ち込む
  • 何にも興味がわかない
  • 疲れやすく、気力がない
  • 自分を責めてしまう

ここから先は、双極性障害(双極症)について、診断基準・疫学・病態生理・治療アルゴリズム・最新ガイドライン(日本うつ病学会『診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023』)までを専門的に解説します。医療従事者の方や、より深く知りたい患者さん・ご家族に向けた内容です。

【1】疾患概念・定義(DSM-5-TR / ICD-11)

双極性障害(双極症)は、躁病エピソードまたは軽躁病エピソード、および多くの場合に抑うつエピソードを特徴とする慢性の気分障害である。DSM-5-TRでは「双極症および関連症群(Bipolar and Related Disorders)」として独立した章に分類され、抑うつ症群と統合失調症スペクトラム障害群の間に位置づけられる。これは、本疾患が家族歴・遺伝・臨床症状・治療反応性において両群の橋渡し的性質を持つことを反映している(American Psychiatric Association, 2022)。なお、DSM-5-TR日本語版(2023)では従来の「双極性障害」に代わり「双極症」の訳語が採用された。

病型 定義
双極I型障害少なくとも1回の躁病エピソードの存在で定義される。抑うつエピソードの既往は必須ではないが、多くの症例で認められる。
双極II型障害少なくとも1回の軽躁病エピソードと1回の抑うつエピソードの既往で定義される。躁病エピソードの既往があってはならない。
気分循環性障害2年以上(小児・青年では1年以上)にわたり、軽躁病・抑うつエピソードの基準を満たさない多数の軽躁症状期と抑うつ症状期が存在する。
他の特定される/特定不能の双極症臨床的に意味のある苦痛・機能障害を引き起こすが、上記いずれの基準も満たさない場合に用いられる。

ICD-11でも同様の分類(Bipolar type I/type II disorder など)が採用されているが、診断基準の細部で異なる点も存在する(World Health Organization, 2019)。

【2】疫学

項目 双極I型 双極II型 全体(閾値下含む)
生涯有病率(国際)約0.6〜1.0%約0.4〜1.1%最大4.4%
12か月有病率(米国)0.6%0.8%2.8%
国内有病率(WMH-J)0.2%0.7%
発症年齢平均18歳前後20代半ば
性差ほぼ1:1女性にやや多い

躁状態が目立たない場合、双極性障害は大うつ病性障害をはじめADHDやアルコール依存症などとしばしば誤診されやすく、正確な診断までに平均5〜10年を要することが報告されており(Gajwani P, et al., 2005)、実際の有病率はさらに高い可能性が示唆される。自殺企図率は一般人口の約15倍と高く、生涯における自殺既遂率も高いことから、早期診断・治療介入が極めて重要である。

【3】病因・病態生理

病因は単一ではなく、遺伝的脆弱性を基盤に、神経生物学的要因と心理社会的要因が複雑に関与する多因子疾患と考えられている。

遺伝的要因

精神疾患の中でも遺伝性が高い疾患の一つで、一卵性双生児の一致率は40〜70%、第一度親族における発症リスクは5〜10倍に上昇する(McGuffin P, et al., 2003)。ゲノムワイド関連解析(GWAS)では、CACNA1C(電位依存性カルシウムチャネル)、ANK3、TRANK1など、神経細胞の興奮性・シナプス機能・シグナル伝達に関わる多数のリスク遺伝子が同定されている(Mullins N, et al., 2021, PMID:33907381)。

神経生物学的要因

  • モノアミン仮説:ドパミン・セロトニン・ノルアドレナリンの不均衡が想定される。躁状態ではドパミン系の過活動、うつ状態ではモノアミン全体の機能低下が示唆されるが、病態の全ては説明できない。
  • 神経回路・可塑性の異常:扁桃体−前頭前野の機能的結合の異常が感情調節障害に関与すると考えられ、特に腹内側前頭前野(vmPFC)の活動低下と扁桃体の過活動が指摘される(Phillips ML, Swartz HA, 2014)。BDNF低下など神経可塑性に関わる経路の異常も報告される。
  • 細胞内シグナル伝達系の異常:リチウムの治療標的としてGSK-3βやイノシトールモノホスファターゼの阻害が知られ、これら下流のシグナル伝達系の異常が病態に関与する可能性が示唆される。
  • ミトコンドリア機能障害:脳内のエネルギー代謝異常が病態に関与するという仮説が提唱されている。
  • 炎症・免疫系の異常:サイトカイン上昇など、末梢・中枢における炎症反応の亢進が、特に急性期に報告されている(Rosenblat JD, McIntyre RS, 2017)。

心理社会的要因

幼少期の逆境体験や成人後のストレスフルなライフイベントが発症・再発のトリガーとなる。特に目標達成に関連する出来事(昇進など)が躁エピソードを、喪失体験が抑うつエピソードを誘発しやすいとされる(Kindling仮説、Post RM, 1992)。

【4】臨床症状・経過

経過はエピソードの反復を特徴とする。初回エピソードはうつ状態であることが多い(約75%)。未治療の自然経過では躁病エピソードは平均3〜6か月、抑うつエピソードは平均6〜12か月持続する。エピソード間には寛解期が存在するが、約3分の1の患者では寛解期にも軽度の残遺症状や機能障害が遷延する。

  • 混合性の特徴(Mixed Features):躁/軽躁エピソード中に3つ以上の抑うつ症状、または抑うつエピソード中に3つ以上の躁/軽躁症状が同時に存在する。治療反応性が低く、自殺リスクが高い。
  • 急速交代型(Rapid Cycling):過去12か月に4回以上の気分エピソードを認める。患者の約10〜20%にみられ、女性に多く、甲状腺機能低下症との関連が指摘される。予後不良因子とされる。
  • 精神病症状:重症の躁病・抑うつエピソードでは、気分に一致した(または不一致な)幻覚・妄想が出現することがある。

【5】診断基準と鑑別診断

DSM-5-TR 診断基準(要約)

躁病エピソード

気分が異常かつ持続的に高揚・開放的または易怒的となり、目標指向性の活動または活力の異常な増大が、少なくとも1週間ほぼ毎日・1日の大半に持続する(基準A)。この期間中、以下のうち3つ以上(気分が易怒的なだけの場合は4つ以上)が有意な程度に認められる(基準B)。

  1. 自尊心の肥大、または誇大
  2. 睡眠欲求の減少
  3. 普段より多弁、またはしゃべり続けようとする切迫感
  4. 観念奔逸、または考えがせめぎ合う主観的体験
  5. 注意散漫
  6. 目標指向性の活動の増加、または精神運動焦燥
  7. 好ましくない結果を招く可能性が高い活動への熱中(浪費・性的逸脱・無謀な投資など)

さらに、社会的・職業的機能に著しい障害を引き起こす、入院を要する、または精神病症状を伴うことを要する(基準C)。

  • 軽躁病エピソード:持続期間は4日以上。機能障害が著しいレベルではなく、入院や精神病症状を伴わない点で躁病エピソードと区別される。
  • 抑うつエピソード:大うつ病性障害の診断基準と同じ。

鑑別診断

鑑別疾患 鑑別のポイント
大うつ病性障害過去の(軽)躁病エピソードの有無が鑑別点。精神運動制止が強い、非定型症状(過眠・過食)、精神病症状の合併、若年発症、家族歴などは双極性を疑うサイン。
統合失調症精神病症状が気分エピソードと独立して存在するか。双極性障害では精神病症状は主に気分エピソード中に限局する。
ADHD注意散漫・多動・衝動性は共通するが、ADHDは持続的・慢性的、双極性障害はエピソード性。気分の高揚や誇大性は双極性に特徴的。
境界性パーソナリティ症気分の不安定さは共通するが、対人ストレスに反応して数時間〜数日で変動することが多く、双極症のエピソードより持続時間が短い。
物質・医薬品誘発性中枢神経刺激薬・ステロイド・抗うつ薬などの使用との時間的関連を確認する。

評価尺度

躁症状:Young Mania Rating Scale(YMRS)/うつ症状:MADRS、QIDS/スクリーニング:Mood Disorder Questionnaire(MDQ)。

【6】検査

双極性障害に特異的な生物学的マーカーは確立されていない。検査は主に身体疾患の除外(鑑別診断)と、薬物療法の安全性モニタリングのために行う。

  • 血液検査:甲状腺機能(TSH, fT3, fT4)、電解質、腎機能、肝機能、血糖、血算、CRPなどを評価。リチウム治療中は血中濃度・腎機能・甲状腺機能の定期的モニタリングが必須である。
  • 画像検査:脳MRI/CTは器質的疾患(脳腫瘍・脳血管障害など)が疑われる場合に実施する。
  • 心理検査:知能検査やパーソナリティ検査は、診断補助・認知機能評価・治療計画立案に有用な場合がある。

【7】治療

治療は急性期治療(躁病・うつ病)と維持期治療(再発予防)に大別される。国内では『日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023』(2023年公開)が参照される。同ガイドラインは従来の「治療」から「診療」へとスコープを広げた大改訂で、疾患情報・心理社会的支援・周産期・薬物療法の安全性とモニタリングなどが加わり、クリニカルクエスチョン(CQ)形式で構成されている。海外ではCANMAT/ISBDガイドラインなどが参照される。

薬物療法

治療期 主に用いられる薬剤(国内で使用可能なもの)
急性躁病気分安定薬(リチウム、バルプロ酸)/非定型抗精神病薬(アリピプラゾール、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン等)の単剤、または両者の併用。難治例ではカルバマゼピン、m-ECTを考慮。
急性うつ病クエチアピン(徐放錠)、オランザピン、ルラシドン、リチウム、ラモトリギンなど。ラモトリギンは急性期効果のエビデンスは限定的だが維持療法への移行を見据えて用いられる。重症・難治例ではm-ECTを考慮。
維持療法リチウム、クエチアピン、アリピプラゾール、オランザピン、バルプロ酸、ラモトリギン(うつ再発予防に優れる)など。アドヒアランス不良例では持効性注射剤を考慮。

抗うつ薬の単剤使用について:躁転や急速交代化のリスクがあるため、双極性うつ病に対する抗うつ薬の単剤使用は推奨されない。気分安定薬・非定型抗精神病薬との併用も有効性は限定的であり、慎重な検討を要する(McGirr A, et al., 2016, PMID:27863800)。

薬剤選択:病型・過去の治療反応性・副作用プロファイル・併存疾患を総合的に考慮し、共同意思決定(SDM)に基づいて個別化された治療計画を立てる。

心理社会的介入

薬物療法との併用が推奨される。ガイドライン2023では、薬物療法と並んで、日常診療で最低限行うべき「心理教育のミニマム・エッセンス」が新たに推奨された点が特徴である。

  • 心理教育:疾患・薬物療法・再発の初期徴候・ストレス対処に関する知識を提供し、アドヒアランスと自己管理能力を高める。
  • 認知行動療法(CBT):抑うつ症状の軽減と再発率の低下に有効性が示されている。
  • 対人関係・社会リズム療法(IPSRT):社会的リズムの安定化と対人関係上の問題解決を通じて、気分エピソードの再発予防に有効。
  • 家族療法:家族内のコミュニケーションを改善し心理的負担を軽減することで、再発率の低下に寄与する。

修正型電気けいれん療法(m-ECT)・入院適応

m-ECTは、薬物抵抗性の重症躁病・重症うつ病、緊張病状態、自殺リスクが極めて高い場合に有効な選択肢である(Kellner CH, et al., 2016, PMID:27397195)。入院は次のような場合に検討する。

  • 自殺念慮・企図、他害行為のリスクが高い場合
  • 重度の精神病症状や興奮を伴う場合
  • 自己管理能力が著しく低下し、食事・水分摂取が困難な場合
  • 外来での診断や治療方針の決定が困難な場合

※当院は外来診療を行う無床診療所のため、入院が必要と判断される場合は、連携する医療機関をご紹介します。

【8】予後・再発予防

双極性障害は再発率の高い慢性疾患である。最初の躁病エピソードから5年以内に90%以上の患者が再発を経験するとされる。予後は、アドヒアランス、併存疾患(物質使用障害・不安症など)、心理社会的サポートの有無に大きく影響される。

機能的予後は臨床的予後(症状の寛解)としばしば乖離し、症状が寛解しても社会的・職業的機能の回復が遅れることが多い。特に認知機能障害(実行機能・注意・記憶など)が寛解期にも遷延し、機能予後の重要な規定因子となる。再発予防には長期的な薬物療法のアドヒアランス維持が特に重要であり、心理社会的介入を組み合わせることで予後を改善できる。

【9】最新研究動向(2020〜2025年)と今後の展望

  • 病態解明:GWASのメタ解析によりリスク遺伝子の同定が進む。安静時機能的MRI(rs-fMRI)を用いた脳内ネットワーク(特にデフォルトモードネットワーク、セイリエンスネットワーク)の結合異常に関する知見が集積。腸内細菌叢や免疫・炎症系の役割にも注目が集まっている。
  • 新規治療薬:双極性うつ病に対し、複数の受容体に作用する新規非定型抗精神病薬(ルマテペロン、カリプラジン等)が海外(米国など)で承認・使用され、治療選択肢が拡大している(Calabrese JR, et al., 2021, PMID:34551465)。一方、これらは現時点で国内未承認であり、日本での双極性うつ病の薬物療法は、ルラシドン・クエチアピン・オランザピン・リチウム・ラモトリギンなど国内承認薬が中心となる。
  • デジタルフェノタイピング:スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られる客観的データ(活動量・睡眠パターン等)を用いて気分変動や再発の予兆を検知する研究が進行中で、個別化された早期介入への応用が期待される。
  • バイオマーカー:薬物療法の反応性を予測するバイオマーカー(遺伝子多型・血中サイトカイン等)の探索が進むが、臨床応用には至っていない。客観的指標に基づく層別化・個別化医療の実現が今後の課題である。

【10】国内外ガイドライン比較

項目 日本うつ病学会 双極症2023 CANMAT/ISBD 2018
急性躁病(主な選択)リチウム、バルプロ酸、非定型抗精神病薬(単剤または併用)リチウム、バルプロ酸、非定型抗精神病薬(単剤または気分安定薬との併用)
急性うつ病(主な選択)クエチアピン、オランザピン、ルラシドン、リチウム、ラモトリギンクエチアピン、ルラシドン、リチウム、ラモトリギン 等
維持療法(主な選択)リチウム、非定型抗精神病薬、ラモトリギン、バルプロ酸リチウム、クエチアピン、バルプロ酸、ラモトリギン、アリピプラゾール 等
抗うつ薬の扱い原則として慎重。単剤使用は推奨されない。併用は限定的な第二・三選択。単剤は非推奨。
心理社会的支援「心理教育のミニマム・エッセンス」を新たに推奨。周産期の章を新設。心理教育・CBT・IPSRT・家族療法を併用推奨。

全体的な治療戦略に大きな相違はないが、個々の薬剤の推奨レベルや順位には違いがある。日本のガイドラインは国内での保険適用やエビデンスを重視している。

【11】参考文献

  • 日本うつ病学会・日本精神神経学会(監修). (2023). 日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023. 医学書院. https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/
  • American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Publishing.
  • World Health Organization. (2019). International Classification of Diseases, 11th Revision (ICD-11).
  • 日本精神神経学会(日本語版用語監修). (2023). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院.
  • 笠井清登(編集). (2021). 精神科研修ノート 第3版. 診断と治療社.
  • 井上令一(監修). (2017). カプラン臨床精神医学テキスト 第3版. MEDSI.
  • 松崎朝樹(著). (2021). 精神診療プラチナマニュアル 第3版. MEDSI.
  • 医療情報科学研究所(編). こころの病気がみえる vol.1. メディックメディア.
  • Yatham LN, Kennedy SH, Parikh SV, et al. (2018). CANMAT and ISBD 2018 guidelines for the management of patients with bipolar disorder. Bipolar Disord, 20(2), 97-170. (PMID:29536616)
  • McGirr A, Vöhringer PA, Ghaemi SN, et al. (2016). Adjunctive second-generation antidepressants in acute bipolar depression: a systematic review and meta-analysis. Lancet Psychiatry, 3(12), 1138-1146. (PMID:27863800)
  • Mullins N, Forstner AJ, O’Connell KS, et al. (2021). Genome-wide association study of more than 40,000 bipolar disorder cases. Nat Genet, 53(6), 817-829. (PMID:33907381)
  • Calabrese JR, Durgam S, Satlin A, et al. (2021). Efficacy and Safety of Lumateperone for Major Depressive Episodes Associated With Bipolar I or II Disorder. Am J Psychiatry, 178(12), 1098-1106. (PMID:34551465)

【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)

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