不安症は、過剰でコントロール困難な不安が続く病気です。突然のパニック発作(パニック症)、人前での強い恐怖(社交不安症)、絶え間ない心配(全般不安症)などがあります。
危険がないのに「警報」が鳴り続ける、心の病気
- 突然の激しい動悸・息苦しさ
- 人から見られることへの強い恐怖
- コントロールできない過剰な心配
- 落ち着きのなさ・緊張感
- 特定の状況や場所を避ける
- 筋肉のこわばり・不眠
- 疲れやすい・集中できない
- めまい・震え・発汗
ここから先は、不安症群(パニック症・社交不安症・全般不安症)について、診断基準・疫学・病態生理・治療・最新動向までを専門的に解説します。国内では近年、日本不安症学会・日本神経精神薬理学会の合同による『社交不安症の診療ガイドライン』『パニック症の診療ガイドライン(2025年)』が公開されています。医療従事者の方や、より深く知りたい患者さん・ご家族に向けた内容です。
【1】疾患概念・定義(DSM-5-TR / ICD-11)
不安症群(Anxiety Disorders)は、過剰な恐怖と不安、およびそれに関連する行動的混乱を中核とする精神疾患の一群である。かつてフロイトが提唱した「神経症」概念に由来する疾患が多く含まれるが、DSM-III以降、操作的診断基準の導入により各疾患が独立した診断単位として定義された。本稿ではパニック症(PD)、社交不安症(SAD)、全般不安症(GAD)を扱う。
- パニック症(Panic Disorder; PD):予期しないパニック発作が反復し、その後にさらなる発作への持続的な懸念(予期不安)や、発作に関連した不適応的な行動変化(回避など)が1か月以上続く。広場恐怖症は併存診断として扱われる。
- 社交不安症(Social Anxiety Disorder; SAD):他者から注視されうる社交状況に対する顕著な恐怖・不安が中核。自分の振る舞いや不安症状が否定的評価を受けること(恥をかく・拒絶される等)を恐れる。恐怖・不安・回避は持続的(典型的に6か月以上)。パフォーマンス場面に限局するものは「パフォーマンス限局型」と特定する。
- 全般不安症(Generalized Anxiety Disorder; GAD):多数の出来事・活動についてのコントロール困難な過剰な不安と心配(予期憂慮)が、6か月以上、ない日よりある日が多い。落ち着きのなさ・易疲労性・集中困難・易怒性・筋緊張・睡眠障害のうち3つ以上を伴う。
【2】疫学
不安症群は精神疾患の中でも有病率の高い疾患群の一つである。
日本のデータ:世界精神保健日本調査(WMHJ)では、何らかの不安症の生涯有病率は約8.1%、12か月有病率は約4.0%とされる。個別疾患では米国データより低い傾向にあるが、依然として主要な精神疾患である。
【3】病因・病態生理
不安症群の病態には、生物・心理・社会的要因が複雑に相互作用している。
神経生物学的要因(共通点と相違点)
- 恐怖サーキット(Fear Circuitry):共通する神経基盤として、扁桃体を中心に前部帯状回(ACC)・島皮質・前頭前野(PFC)から構成される回路の機能異常が想定される。扁桃体は脅威検出と情動反応の惹起を担い、PFCがその活動をトップダウンに制御する。不安症では扁桃体の過活動とPFCによる制御低下のアンバランスが存在するとされる。
- 疾患特異的な病態:PDでは脳幹の呼吸中枢・化学受容器の過敏性が関与する「窒息誤報仮説」、SADでは他者の表情(特に怒り・軽蔑)など社会的脅威刺激に対する扁桃体の過剰反応、GADでは心配・反芻に関与する皮質-線条体-視床-皮質回路(CSTC loop)の機能異常が指摘される。
- 神経伝達物質:セロトニン系・ノルアドレナリン系・GABA系の機能不全が共通して関与し、SSRI/SNRIやベンゾジアゼピン系薬剤の薬理作用の基盤となる。SADではドパミン系の関与も示唆される。
心理社会的要因(認知行動モデル)
【4】治療(薬物療法・認知行動療法)
国内外の主要ガイドラインにおいて、薬物療法とCBTが有効性の高い治療として推奨される。国内では、日本不安症学会・日本神経精神薬理学会の合同作成委員会により、CQ形式・Minds準拠の『社交不安症の診療ガイドライン』および『パニック症の診療ガイドライン(第1版・2025年)』が公開された(強迫症のガイドラインも整備が進む)。
薬物療法
- 第一選択薬:SSRI・SNRIがPD・SAD・GADのいずれに対しても第一選択として推奨される。なお国内で各疾患に承認(適応)を有する薬剤は限られ、たとえば社交不安症ではフルボキサミン・パロキセチン・エスシタロプラム、パニック症ではパロキセチン・セルトラリン・エスシタロプラムなどが用いられる(処方は適応・添付文書に基づき個別に判断する)。
- 第二選択以降:三環系抗うつ薬(クロミプラミン等)も有効性は示されるが、副作用の点で忍容性に劣る。GADにはプレガバリンも選択肢となる。
- ベンゾジアゼピン系薬剤:即効性があり急性期の不安緩和に有効だが、依存・耐性・離脱のリスクから長期使用は避ける。SSRI/SNRIの効果発現までの短期併用や頓用にとどめるのが原則である。
認知行動療法(CBT)
CBTは薬物療法と少なくとも同等の効果を有し、治療終結後の再発予防効果は薬物療法を上回る可能性が示されている。各疾患の認知行動モデルに基づき、特異的な介入が行われる。
【5】鑑別診断
不安症群の診断では身体疾患の除外が最優先である。特に心血管疾患・呼吸器疾患・内分泌疾患(甲状腺機能亢進症等)・神経疾患(てんかん等)との鑑別が重要となる。精神疾患の中では、うつ病との併存・鑑別が臨床的に特に重視される(不安症とうつ病はしばしば併存する)。不安症間の鑑別では、不安・恐怖・心配の対象が何であるかを見極めることが鍵となる。
【6】最新研究動向と今後の展望
- 治療の個別化・層別化:神経画像や遺伝子情報などのバイオマーカーを用いて、個々の患者に最適な治療法(SSRIが効きやすいか、CBTが適しているか等)を予測する研究(Precision Medicine)が進む。
- テクノロジーの活用:インターネット認知行動療法(ICBT)やVR(バーチャルリアリティ)を用いた曝露療法は、治療アクセスを向上させ、より効果的な介入を可能にする技術としてエビデンスが蓄積している。
- 神経科学的アプローチ:tDCS(経頭蓋直流電気刺激)やTMS(経頭蓋磁気刺激)などのニューロモデュレーションにより、恐怖サーキットの活動を調節して症状改善を目指す治療法の開発が進められている。
【7】参考文献
- 日本不安症学会・日本神経精神薬理学会(不安症・強迫症診療ガイドライン合同作成委員会). (2025). パニック症の診療ガイドライン 第1版. https://jpsad.jp/
- 日本不安症学会・日本神経精神薬理学会. 社交不安症の診療ガイドライン 第1版.
- American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Publishing.
- 日本精神神経学会(日本語版用語監修). (2023). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院.
- 笠井清登(編集). (2021). 精神科研修ノート 第3版. 診断と治療社.
- 井上令一(監修). (2016). カプラン臨床精神医学テキスト 第3版. MEDSI.
- 松崎朝樹(著). (2020). 精神診療プラチナマニュアル 第3版. MEDSI.
- 医療情報科学研究所(編). こころの病気がみえる vol.1. メディックメディア.
- David D, Cristea I, Hofmann SG. (2018). Why Cognitive Behavioral Therapy Is the Current Gold Standard of Psychotherapy. Front Psychiatry, 9, 4. (PMID:29379433)
- Bandelow B, Michaelis S. (2015). Epidemiology of anxiety disorders in the 21st century. Dialogues Clin Neurosci, 17(3), 327-335. (PMID:26487813)
【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)
2