睡眠・覚醒障害は、不眠や日中の過度な眠気など、睡眠と覚醒のサイクルに問題が生じる病気の総称です。生活の質に大きく影響しますが、適切な治療で改善が期待できます。
眠りと覚醒のリズムが乱れる病気
 
- 寝つきが悪い
- 夜中に何度も目が覚める
- 朝早くに目が覚めてしまう
- 日中に耐え難い眠気がある
- ぐっすり眠った感じがしない
- 睡眠のリズムがずれている
- 脚がむずむずして眠れない
- 睡眠中に呼吸が止まる
【1】疾患概念・定義(DSM-5-TR / ICD-11)
睡眠・覚醒障害(Sleep-Wake Disorders)は、睡眠の量、質、タイミングの持続的な障害であり、日中の機能障害を伴う一群の疾患である。近年の診断分類体系では、精神疾患や神経疾患から独立した一群として位置づけられている。
主要な診断分類として、米国精神医学会(APA)の『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版テキスト改訂版(DSM-5-TR)』と、世界保健機関(WHO)の『国際疾病分類第11回改訂版(ICD-11)』がある。ICD-11では、米国睡眠医学会(AASM)の『睡眠障害国際分類第3版(ICSD-3)』の分類体系が全面的に取り入れられ、精神疾患や神経疾患の章から独立した「睡眠・覚醒障害」の章が新設された。これにより、睡眠・覚醒障害が治療を要する独立した疾患単位であるという認識が国際的標準となった。
これらの分類では、睡眠・覚醒障害は主に以下のカテゴリーに大別される。
| カテゴリー | 概要 | 代表的な疾患 | 
| 不眠障害 (Insomnia Disorders) | 睡眠を開始または維持することの困難さ、あるいは回復感のない睡眠を主症状とする。 | 慢性不眠障害 短期不眠障害 | 
| 過眠障害 (Hypersomnolence Disorders) | 夜間に十分な睡眠をとっているにも関わらず、日中の過剰な眠気を主訴とする。 | ナルコレプシー 特発性過眠症 クライネ・レビン症候群 | 
| 睡眠関連呼吸障害群 (Sleep-Related Breathing Disorders) | 睡眠中の呼吸異常(無呼吸、低呼吸)を特徴とする。 | 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA) 中枢性睡眠時無呼吸(CSA) | 
| 概日リズム睡眠・覚醒障害群 (Circadian Rhythm Sleep-Wake Disorders) | 内因性の概日リズムと外的環境(社会的要求)との間のミスマッチによって生じる。 | 睡眠・覚醒相後退障害 交代勤務障害 | 
| 睡眠時随伴症群 (Parasomnias) | 睡眠中に生じる望ましくない異常行動、体験、生理的現象を特徴とする。 | ノンレム睡眠からの覚醒障害(睡眠時遊行症など) レム睡眠行動障害 | 
| 睡眠関連運動障害群 (Sleep-Related Movement Disorders) | 睡眠を妨げる単純で常同的な運動を特徴とする。 | むずむず脚症候群(RLS) 周期性四肢運動障害 | 
DSM-5-TRでは、物質・医薬品誘発性睡眠・覚醒障害も独立したカテゴリーとして設けられている。
【2】疫学(国内外、有病率、性差、発症年齢)
| 疾患 | 有病率・疫学データ | 性差・発症年齢 | 
| 不眠障害 | 日本の一般成人の約21%が不眠の訴えを持つ。 厚生労働省の令和4年調査では、「睡眠で休養が十分にとれていない者」の割合は20.6%で、増加傾向にある。 1日の平均睡眠時間6時間未満の者は、男性37.0%、女性39.9%にのぼる。 | 女性に多い傾向がある。 加齢とともに有病率は増加する。 | 
| 睡眠関連呼吸障害 (SDB) | 世界的な推定で、日本の閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)有病者数は、AHI≥5で約2,200万人(32.7%)、AHI≥15で約940万人(14.0%)とされる。 高血圧、2型糖尿病、心不全、脳卒中などの循環器疾患患者において極めて高率に合併する。 | 男性に多く、有病率は加齢とともに増加する。 肥満が最大のリスク因子であるが、非肥満者でも顎顔面形態により発症する。 | 
| むずむず脚症候群 (RLS) | 欧米では一般人口の6〜12%と報告されるが、アジア地域では0.1〜4%と人種差が認められる。 | 女性に多い(男性の約2倍)。妊娠中に発症・増悪することが多い。 45歳以前の早期発症型(家族性が多い)と45歳以降の後期発症型に分けられる。 | 
| ナルコレプシー | 有病率は1万人に10〜60人と推定される。 | 通常10歳代に発症する。 | 
| レム睡眠行動障害 (RBD) | 高齢男性に多い。 | 50〜65歳前後の男性に好発する。 | 
出典:厚生労働省 令和4年「国民健康・栄養調査」の結果
【3】病因・病態生理(神経生物学・心理社会的要因)
睡眠・覚醒障害の病態生理は、疾患ごとに異なるが、睡眠・覚醒を制御する神経生物学的システムの機能不全が基盤にある。
正常な睡眠生理 睡眠・覚醒は、睡眠恒常性維持機構(プロセスS:覚醒中に睡眠物質が蓄積し睡眠圧を高める)と体内時計機構(プロセスC:視交叉上核を中枢とし、覚醒を維持する概日リズム信号を生成する)の2つのプロセスモデルによって制御される。
覚醒系では視床下部外側野のオレキシン(ヒポクレチン)神経が、結節乳頭核(ヒスタミン)、青斑核(ノルアドレナリン)などの単アミン神経系を統合的に活性化し、覚醒状態を維持する上で中心的な役割を果たす。
一方、睡眠系では視索前野腹外側部(VLPO)のGABA作動性ニューロンが、覚醒系を抑制することで睡眠を誘発する。
各疾患の病態生理
- 不眠障害: 
 Spielmanの3Pモデルが有名であり、素因(Predisposing)、準備(Precipitating)、永続化(Perpetuating)の3因子が発症と慢性化に関与するとされる。特に、不眠への恐怖や誤った認知(例:「8時間眠らなければならない」)、不適切な対処行動(例:長すぎる床上時間)といった心理社会的要因が、過覚醒状態(hyperarousal)を維持・増悪させ、慢性化の主要なメカニズムとなる。
- ナルコレプシー(タイプ1): 
 視床下部外側野のオレキシン産生ニューロンの選択的な脱落が原因である。これにより覚醒維持システムが不安定化し、日中の過剰な眠気や、レム睡眠の断片的な出現(情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺)が生じる。HLA-DRB1*15:01/DQB1*06:02ハプロタイプとの強い関連から、自己免疫機序の関与が示唆されている。
- 睡眠関連呼吸障害 (OSA): 
 睡眠中の上気道の虚脱・閉塞が本態である。解剖学的要因(肥満による脂肪沈着、顎顔面形態)と、睡眠に伴う上気道開大筋(オトガイ舌筋など)の活動性低下が関与する。断続的な低酸素血症と覚醒反応が、睡眠の分断と交感神経系の亢進を引き起こし、日中の眠気や循環器系合併症の誘因となる。
- むずむず脚症候群 (RLS): 
 脳内、特に線条体における鉄欠乏とそれに伴うドパミン機能異常が中心的な病態仮説である。鉄はドパミン合成酵素(チロシン水酸化酵素)の補酵素であり、その欠乏がドパミン伝達障害を引き起こすと考えられている。症状の夕方から夜間にかけての増悪は、鉄およびドパミン系の日内変動と関連している。
- レム睡眠行動障害 (RBD): 
 レム睡眠中の正常な筋弛緩(atonia)が障害されることが原因である。この筋弛緩は、橋被蓋の延髄に近い部位にある神経核群によって制御されており、この領域の機能不全が関与すると考えられている。αシヌクレイノパチー(パーキンソン病、レビー小体型認知症など)の前駆症状として出現することが多く、これらの疾患との関連が極めて強い。
【4】臨床症状・経過(典型例・非典型例)
| 疾患群 | 臨床症状・経過 | 
| 不眠障害 | 主症状は入眠困難、睡眠維持困難、早朝覚醒のいずれか、または複数。 これに伴い、日中の倦怠感、集中力低下、易刺激性などの機能障害を訴える。 経過とともに「眠れないこと」への不安や恐怖が強まり、不適切な睡眠習慣が固定化する悪循環に陥りやすい。 | 
| 過眠障害 | ナルコレプシー: 日中の抗しがたい眠気と睡眠発作を主徴とする。タイプ1では、笑いや驚きなどの情動で誘発される筋緊張の突然の消失(情動脱力発作)を伴う。入眠時幻覚や睡眠麻痺も高頻度に見られる。 特発性過眠症: 長時間の夜間睡眠(10時間以上)にもかかわらず日中の眠気が持続し、昼寝をしても爽快感が得られない。著しい睡眠酩酊(覚醒困難)を特徴とする。 | 
| 睡眠関連呼吸障害 (OSA) | 主訴は日中の過度の眠気、激しいいびき、夜間の頻尿、起床時の頭痛など。睡眠中の呼吸停止や窒息感をパートナーに指摘されて受診することも多い。 未治療の場合、高血圧、心血管疾患、脳血管障害のリスクが健常者の数倍に高まる。 | 
| 概日リズム睡眠・覚醒障害 | 睡眠・覚醒相後退障害: 深夜(例:午前3-4時)にならないと入眠できず、午前中に起きることが困難な、極端な宵っ張り朝寝坊型。思春期・青年期に好発する。 睡眠・覚醒相前進障害: 夕方早くから眠くなり、早朝(例:午前2-3時)に目覚めてしまう、極端な早寝早起き型。高齢者に多い。 | 
| 睡眠関連運動障害 | むずむず脚症候群 (RLS): 夕方から夜間の安静時に、主に下肢に「むずむずする」「虫が這うような」と表現される不快な異常感覚と、脚を動かしたいという強い衝動が出現する。運動によって一時的に軽快するのが特徴。 | 
| 睡眠時随伴症 | レム睡眠行動障害 (RBD): レム睡眠中の筋弛緩が起こらず、夢の内容が行動として現れる(夢見行動化)。叫ぶ、殴る、蹴るなどの暴力的な行動が多く、本人やベッドパートナーが受傷する危険がある。 ノンレム睡眠からの覚醒障害(睡眠時遊行症、夜驚症): 深いノンレム睡眠中に突然起き出し、歩き回ったり(睡眠時遊行症)、恐怖の叫び声をあげたりする(夜驚症)。小児に多く、通常は思春期までに自然に軽快する。 | 
【5】診断基準と鑑別診断(評価尺度含む)
診断は、詳細な病歴聴取、睡眠日誌、評価尺度に加え、客観的検査である終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査や反復睡眠潜時検査(MSLT)を組み合わせて総合的に行う。
DSM-5-TRにおける不眠障害の診断基準
- 睡眠の量または質の不満に関する顕著な訴えが、以下の症状のうち1つ以上を伴う:
- 眠困難
- 睡眠維持困難
- 早朝覚醒があり、再入眠できない
 
- その睡眠の障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、その他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
- その睡眠困難は、少なくとも週に3夜で起こる。
- その睡眠困難は、少なくとも3か月間持続する。
- その睡眠困難は、睡眠の適切な機会があるにもかかわらず起こる。
- その不眠は、他の睡眠・覚醒障害では十分に説明されず、その経過中にのみ起こるものではない。
- その不眠は、物質の生理学的作用によるものではない。
- 併存する精神疾患および医学的疾患では、顕著な不眠の訴えを十分に説明できない。
鑑別診断の要点
- 不眠の鑑別: 
 まず身体疾患、精神疾患、薬剤による二次性の不眠を除外する。その上で、問診によりOSA、RLS、概日リズム睡眠・覚醒障害などを鑑別する。これらが除外された場合に原発性の不眠障害と診断される。
- 過眠の鑑別: 
 まず睡眠不足症候群を除外する。夜間睡眠が十分であることを確認した上で、PSG/MSLTによりナルコレプシーと特発性過眠症を鑑別する。MSLTでの平均睡眠潜時8分以下かつ入眠時レム睡眠期(SOREMP)が2回以上あればナルコレプシーと診断される。
- RLSの鑑別: 
 鉄欠乏性貧血や腎不全、妊娠、薬剤(抗うつ薬など)による二次性RLSを念頭に置き、血液検査(フェリチン値を含む)を行う。
主要な評価尺度
| 評価尺度 | 対象 | 内容 | 
| ピッツバーグ睡眠質問票 (PSQI) | 睡眠の質 | 過去1ヶ月間の睡眠の質を主観的に評価する。 | 
| エプワース眠気尺度 (ESS) | 日中の眠気 | 8つの状況における眠気の程度を主観的に評価する。 | 
| アテネ不眠尺度 (AIS) | 不眠の重症度 | ICD-10の診断基準に基づき、不眠の重症度を定量的に評価する。 | 
| 国際レストレスレッグス症候群重症度評価尺度 (IRLS) | RLSの重症度 | RLSの症状の頻度や生活への影響度を評価する。 | 
【6】検査(心理検査・画像・血液)
- 終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査: 
 睡眠・覚醒障害の診断におけるゴールドスタンダード。脳波、眼球運動、オトガイ筋電図、心電図、呼吸、血中酸素飽和度、下肢筋電図などを一晩中記録し、睡眠構造、呼吸イベント、異常行動などを客観的に評価する。OSA、CSA、周期性四肢運動障害、RBD、ノンレム睡眠時随伴症などの確定診断に必須である。
- 反復睡眠潜時検査(MSLT): 
 日中の眠気を客観的に評価する検査。PSGの翌朝から2時間おきに5回、入眠までの時間(睡眠潜時)とレム睡眠の有無を測定する。ナルコレプシーの診断に不可欠である。
- アクチグラフィ: 
 腕時計型の装置で活動量を長期間(1〜2週間)記録し、睡眠・覚醒リズムを評価する。概日リズム睡眠・覚醒障害の診断補助に有用である。
- 血液検査: 
 RLSを疑う場合に、血清フェリチン、血清鉄、TIBCなどを測定し、鉄欠乏の有無を評価する。また、甲状腺機能や腎機能なども評価する。
- 脳脊髄液検査: 
 ナルコレプシー(タイプ1)を疑う場合に、脳脊髄液中のオレキシンA濃度を測定する。110 pg/mL以下または健常者の1/3以下であれば診断的価値が高い。
【7】治療(薬物療法、心理社会的介入、入院適応)
治療は、疾患特異的な治療と、共通する非薬物療法(睡眠衛生指導など)を組み合わせて行う。
| 疾患 | 薬物療法 | 心理社会的介入・その他 | 
| 不眠障害 | オレキシン受容体拮抗薬(レンボレキサント、スボレキサント) メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン) GABA-A受容体作動薬(非BZD系:ゾルピデム、エスゾピクロン/BZD系:ブロチゾラムなど) | 不眠症の認知行動療法(CBT-I): 睡眠衛生指導、刺激制御法、睡眠制限法、認知再構成法などを組み合わせ、薬物療法と同等以上の効果が示されており、第一選択とされる。 | 
| ナルコレプシー | 精神刺激薬(モダフィニル、メチルフェニデート、ピトブリサント) 情動脱力発作・レム睡眠関連症状に:抗うつ薬(SSRI, SNRI, TCA)、γ-ヒドロキシ酪酸(GHB)ナトリウム | 計画的な短時間の昼寝。 睡眠衛生指導。 | 
| 睡眠関連呼吸障害 (OSA) | 薬物療法単独での有効性は確立されていない。 | 持続陽圧呼吸(CPAP)療法: 中等症から重症例の第一選択。閉塞した上気道に陽圧をかけて気道を確保する。 口腔内装置(OA): 軽症から中等症例に適用。下顎を前方に移動させ気道を広げる。 減量、外科治療、舌下神経刺激療法など。 | 
| 概日リズム睡眠・覚醒障害 | メラトニン受容体作動薬 メラトニン(日本では未承認) | 高照度光療法: 朝の高照度光曝露により、体内時計を前進させる。睡眠相後退障害に有効。 時間療法: 就寝時間を毎日一定時間ずつ遅らせていき、目標の就寝時間に合わせる。 | 
| むずむず脚症候群 (RLS) | ドパミン作動薬(プラミペキソール、ロチゴチン貼付剤) α2δリガンド(ガバペンチン エナカルビル) ・鉄剤(鉄欠乏がある場合) | 睡眠衛生指導。 原因となる薬剤(抗うつ薬など)の中止・変更。 | 
| レム睡眠行動障害 (RBD) | クロナゼパム ラメルテオン、メラトニン | 睡眠環境の安全確保(ベッド周囲に鋭利なものを置かない、など)。 | 
【8】予後・再発予防(機能予後含む)
- 不眠障害: 
 慢性化しやすく、うつ病や不安障害、生活習慣病のリスクを高める。CBT-Iは長期的な効果の持続が示されており、再発予防に有効である。
- ナルコレプシー: 
 症状は生涯持続するが、適切な治療と生活上の工夫により、多くの患者は社会生活を良好に営むことが可能である。
- 睡眠関連呼吸障害 (OSA): 
 未治療の場合、心血管イベントや死亡リスクが著しく高まる。CPAP療法により、これらのリスクは健常者レベルまで低下するが、治療アドヒアランスが予後を大きく左右する。
- レム睡眠行動障害 (RBD): 
 特発性RBD患者の多くは、数年から十数年の経過でパーキンソン病やレビー小体型認知症などのαシヌクレイノパチーを発症する。RBDはこれらの神経変性疾患の極めて早期の徴候と考えられている。
- 再発予防: 
 いずれの疾患においても、治療によって症状が安定した後も、生活習慣の是正(特に睡眠衛生)を継続することが再発予防の鍵となる。薬剤については、自己判断で中断せず、医師の指示に従って漸減することが重要である。
【9】最新研究動向(過去5年)と今後の展望
- デジタル認知行動療法(dCBT-I)の普及: 
 スマートフォンアプリなどを用いたデジタルCBT-Iが、対面式のCBT-Iと同等の効果を持つことが複数の研究で示されている。医療へのアクセスが困難な患者に対する新たな治療選択肢として期待される。
- オレキシン受容体拮抗薬の開発: 
 不眠症治療薬として、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)に加え、選択的オレキシン2受容体拮抗薬(SORA)など、新たな作用機序を持つ薬剤の開発が進行中である。
- OSAの個別化医療: 
 OSAの病態生理には、解剖学的要因だけでなく、上気道開大筋の反応性低下、覚醒閾値の低さ、呼吸制御の不安定性など複数の因子が関与することが明らかになってきた。今後は、個々の患者の病態生理学的特徴(endotype)に基づいた治療法(薬物療法を含む)の選択、すなわち個別化医療の実現が期待される。
- RBDの疾患修飾療法への期待: 
 RBDがαシヌクレイノパチーの超早期段階であるという認識に基づき、RBD患者を対象とした神経保護薬などの疾患修飾療法の臨床試験が計画・実施されている。睡眠障害の治療が、将来の神経変性疾患の発症を予防できる可能性を秘めている。
- 睡眠と精神疾患の双方向性: 
 睡眠障害が精神疾患のリスク因子であるだけでなく、精神疾患が睡眠障害を引き起こすという双方向性の関係が注目されている。睡眠障害への早期介入が、精神疾患の予防や治療成績の向上につながる可能性があり、今後の研究が待たれる。
【10】国内外ガイドライン比較
| ガイドライン名 | 発行年 | 主な推奨事項(特に不眠症治療) | 特徴 | 
| 米国医師会(ACP)ガイドライン | 2016 | 全ての成人慢性不眠症患者に対し、CBT-Iを第一選択として推奨。 薬物療法はCBT-Iが無効な場合にのみ、患者と利益・不利益を話し合った上で短期的な使用を検討。 | 薬物療法よりもCBT-Iを明確に優先している。 | 
| 米国睡眠医学会(AASM)ガイドライン | 2017 | 睡眠薬(スボレキサント、エスゾピクロン、ゾルピデム、トリアゾラム、ラメルテオンなど)とCBT-Iの双方を推奨。 薬剤選択はエビデンス、費用、患者の希望などを考慮して個別に行う。 | CBT-Iと薬物療法を並列に推奨しているが、多くの専門家はCBT-Iを優先すべきと考えている。 | 
| 日本睡眠学会『睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン』 | 2014 (改訂作業中) | 治療の基本は睡眠衛生指導。 薬物療法が十分に奏効しない場合にCBT-Iをセカンドラインとして位置づける。 超短時間・短時間作用型の睡眠薬の適切な使用と、漫然とした長期投与の回避を強調。 | 当時の日本の臨床実態(CBT-Iの普及率の低さ)を反映し、薬物療法を中心とした記載となっている。 次期改訂ではCBT-Iの位置づけが変更される可能性が高い。 | 
| 厚生労働省『健康づくりのための睡眠ガイド2023』 | 2023 | 成人には6時間以上の睡眠を推奨。 睡眠衛生に関する具体的な推奨事項を提示。 不眠症に対するCBT-Iの有効性に言及。 | 国民向けの啓発資料であり、治療ガイドラインとは異なるが、最新の睡眠衛生に関する知見がまとめられている。 | 
総括
近年の国際的な潮流として、慢性不眠障害に対するCBT-Iが第一選択として確立されている。日本のガイドラインも、この方向性に合わせて改訂されることが予想される。薬物療法は、CBT-Iが利用できない、あるいは効果不十分な場合の選択肢として、その役割がより明確化されていくであろう。
【11】参考文献
- American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Publishing.
- World Health Organization. (2019). International Classification of Diseases, 11th Revision (ICD-11).
- American Academy of Sleep Medicine. (2014). International Classification of Sleep Disorders, 3rd Edition (ICSD-3).
- 日本精神神経学会 (日本語版用語監修). (2023). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院.
- 永井 良三 (シリーズ総監修), 笠井 清登 (編集). (2021). 精神科研修ノート第3版. 診断と治療社.
- 井上 令一 (監修). (2017). カプラン臨床精神医学テキスト第3版. MEDSI.
- 松崎 朝樹 (著). (2021). 精神診療プラチナマニュアル第3版. MEDSI.
- (2021). こころの健康が見える第1版. MEDIC MEDIA.
- 厚生労働省. (2023). 健康づくりのための睡眠ガイド2023.
- 日本睡眠学会. (2014). 睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン.
- Furukawa, Y., et al. (2023). Components and delivery formats of cognitive-behavioral therapy for chronic insomnia in adults with or without comorbidities: a systematic review and component network meta-analysis. JAMA Psychiatry. (PMID: 38055271)
- Yaranov DM, et al. (2015). Effect of obstructive sleep apnea on frequency of stroke in patients with atrial fibrillation. Am J Cardiol. 115: 461-465. (PMID: 25529543)
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