記憶がなくなったり、現実感や自分が自分でない感覚がしたりしませんか?それは解離症かもしれません。つらい体験から心を守るための反応で、適切な治療で回復可能です。
つらい体験から心を守るための、意識や記憶の一時的な断線
 
- 特定の出来事の記憶がない
- 自分が自分でないような感覚
- 周囲が現実でないような感覚
- 感情や感覚が麻痺した感じ
- 複数の自分がいるような感覚
- 知らないうちに場所に移動している
- 突然、考えや感情が切り替わる
- ぼーっとして反応が鈍くなる
1. 解離症(解離性障害)とは?
誰にでも、目の前のことに集中しすぎて周りの音が聞こえなくなったり、疲れている時にぼーっとしてしまったり、という経験はあると思います。解離とは、このように意識が一時的に「心ここにあらず」の状態になる、ごく自然な心の働きの一つです。
しかし、非常につらい出来事や、耐えがたいストレスに長期間さらされると、この「解離」が心の防衛反応として働きすぎてしまうことがあります。まるで電気のブレーカーが落ちるように、つらい感情や記憶、感覚を自分から切り離して、心を守ろうとするのです。
この「自分を守るための心の働き」が、日常生活に支障をきたすほど強く、頻繁に起こってしまう状態が「解離症(解離性障害)」です。決して特別な病気ではなく、つらい状況を乗り越えるために心が必死に頑張った結果、一時的に記憶や意識のつながりがうまくいなくなっている状態、とイメージすると分かりやすいかもしれません。

2. 主な症状は?
解離症の症状は、人によって様々ですが、代表的なものには以下のようなものがあります。ご自身の体験と重なるものがないか、チェックしてみてください。
記憶がなくなる(解離性健忘)
- 特定の時期や出来事(特にトラウマに関連すること)の記憶がすっぽり抜け落ちている。
- 自分の名前や経歴など、重要な個人情報を思い出せないことがある。
- さっきまで何をしていたか、どうやってその場所に来たかを思い出せない。
- 「記憶が飛ぶ」「記憶に穴が開いている」といった感覚がある。
自分が自分でない感覚(離人感)
- まるで自分を外から眺めているかのように、自分の感情や思考、体から切り離された感覚がある。
- 「自分がロボットになったようだ」「映画の登場人物を観ているようだ」と感じる。
- 感情が湧かず、喜んだり悲しんだりすることができない。
- 自分の体なのに、自分のものとは思えない感覚がある。
周りが現実でない感覚(現実感消失)
- 周囲の世界が、まるで夢の中の出来事のように、非現実的に感じられる。
- 人や物がぼやけて見えたり、すりガラス越しに見ているように感じたりする。
- 時間の流れが異常に速く感じたり、遅く感じたりする。
複数の自分が出てくる(解離性同一症)
- 自分の中に、まるで別人のような、異なる意識や人格が存在するように感じる。
- その別の人格(交代人格)が現れている間の記憶がなく、後から人から「あんなことをしていたよ」と聞かされて驚くことがある。
- 考え方、話し方、好みなどが、自分でも説明がつかないうちにコロコロと変わる。
- 頭の中で、複数の声が会話したり、自分に話しかけてきたりする。
これらの症状は、一つだけ現れることもあれば、複数が組み合わさって現れることもあります。
3. 原因やきっかけは?
解離症の最も大きな原因は、耐えがたいほどの精神的苦痛や心的外傷(トラウマ)であると考えられています。
特に、逃げ出すことができない状況で繰り返し経験される、以下のような体験が引き金になることが多いです。
- 幼少期の虐待(身体的、心理的、性的虐待)
- 育児放棄(ネグレクト)
- いじめ
- 家庭内暴力(DV)
- 犯罪被害
- 災害や事故
もちろん、こうした深刻なトラウマだけでなく、過労や人間関係の強いストレス、大切な人との死別などがきっかけで発症することもあります。
重要なのは、解離は「弱いから」なるのではなく、「生き延びるために」必要だった心の戦略だということです。つらい現実を「自分ではない誰かの出来事」として感じたり、記憶から切り離したりすることで、なんとか心のバランスを保ってきたのです。
4. 診断はどのように行われるの?
解離症の診断は、主に医師との詳しい面接(問診)によって行われます。ご自身の体験や感じていることを、ありのままお話しいただくことがとても重要です。
問診
医師は、以下のような点について丁寧にお話を伺います。
- 現在お困りの症状(記憶がなくなる、現実感がないなど)が、いつ頃から、どのような状況で起こるか
- これまでの生活史(ご自身の生い立ち、家族関係、学校や職場での経験など)
- 過去につらい体験や大きなストレスがなかったか
- ご自身の心や体の感覚について、どのように感じているか

心理検査
必要に応じて、質問紙形式の心理検査(DES:解離体験尺度など)を行い、解離の症状がどの程度あるかを客観的に評価することがあります。
他の病気との区別
症状によっては、てんかんや脳の病気など、他の身体疾患が隠れていないかを確認するために、脳波検査や頭部MRI検査、血液検査などを行うこともあります。また、統合失調症やうつ病、パニック症など、他の精神疾患と症状が似ている部分もあるため、慎重に鑑別診断を行います。
5. どのような治療法があるの?
解離症の治療は、お薬だけで治すというよりも、精神療法(カウンセリング・心理療法)を中心に行い、時間をかけて少しずつ心の回復を目指していくことが基本となります。
治療の大きな目標は、バラバラになってしまった意識や記憶、感情を、再び安全な形で自分の中に統合していくことです。焦りは禁物で、患者さんのペースに合わせて、以下の3つのステップで進めていくのが一般的です。
ステップ1:安全の確保と安定化
何よりもまず、患者さんが「ここは安全だ」と感じられる環境を作ることが最優先です。
- 信頼できる治療関係を築く: 
 医師や治療者との間で、何でも安心して話せる関係をゆっくりと築いていきます。
- ストレスを減らす: 
 現在の生活の中で、ストレスの原因となっているもの(過重労働、不健康な人間関係など)を特定し、可能な限り調整します。
- 感情のコントロール法を学ぶ: 
 不安や衝動が強まった時に、自分で気持ちを落ち着ける方法(呼吸法、グラウンディングなど)を練習します。
この段階では、つらい記憶に無理に触れることはしません。まずは心の「安全基地」をしっかりと作ることが目的です。
ステップ2:トラウマ体験の処理
心が十分に安定し、安全が確保されたら、専門家のサポートのもとで、解離の原因となったつらい体験や記憶に少しずつ向き合っていきます。
- 感情を言葉にする: 
 封じ込めていた感情(恐怖、怒り、悲しみなど)を、安全な場所で少しずつ言葉にして表現していきます。
- 記憶の整理: 
 断片的だった記憶を整理し、それが「過去の出来事」であったと認識できるように働きかけます。
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)などの専門的治療: 
 トラウマ治療に特化した心理療法を用いることもあります。
このプロセスは非常に繊細で、専門的な知識と経験が必要です。必ず専門家と相談しながら、慎重に進める必要があります。
ステップ3:統合と社会生活への復帰
トラウマ体験を乗り越え、切り離されていた様々な自分の一面を再び受け入れ、統合していく段階です。
- 新しい自己像の確立: 
 「トラウマを乗り越えた自分」として、新たな人生の目標や人間関係を築いていきます。
- 社会生活への適応: 
 仕事や学業、家庭生活など、現実の生活にスムーズに戻れるようにサポートします。

薬物療法について
解離症そのものを直接治すお薬は、現在のところありません。しかし、不眠、強い不安、抑うつ、衝動性など、解離に伴うつらい症状を和らげる目的で、補助的に抗うつ薬(SSRIなど)や抗不安薬、気分安定薬などを使うことがあります。お薬はあくまで精神療法をスムーズに進めるための「サポーター」という位置づけです。
さらに詳しく知りたい方はこちらに進んでください 精神科の薬物療法について>>
6. 回復や再発予防のために大切なこと
解離症からの回復は、一直線に進むとは限りません。調子の良い時もあれば、少し後戻りするように感じる時もあるでしょう。大切なのは、焦らず、ご自身のペースで治療を続けることです。
ご自身でできるセルフケア
- 十分な休息と睡眠: 
 心と体の疲れは、解離症状を悪化させる原因になります。
- バランスの取れた食事: 
 規則正しい食生活は、心の安定につながります。
- 適度な運動: 
 ウォーキングなど、軽い運動はストレス解消に効果的です。
- リラックスできる時間を持つ: 
 音楽を聴く、お風呂にゆっくり入るなど、自分が心地よいと感じる時間を作りましょう。
- 「今、ここ」を意識する(グラウンディング): 
 不安になった時、足の裏の感覚に集中したり、冷たい水で顔を洗ったりして、意識を現在の感覚に戻す練習が有効です。
再発予防のためには、ストレスを溜め込みすぎないこと、そして「調子が悪いな」と感じたら早めに専門家や信頼できる人に相談することが重要です。

7. ご家族や周りの方はどう接すればいい?
ご家族や職場の同僚など、周りの方の理解とサポートは、ご本人の回復にとって非常に大きな力となります。
ご本人に解離の症状が見られるとき
- 驚かず、冷静に:
 記憶が飛んでいたり、様子がいつもと違ったりしても、まずは落ち着いて対応しましょう。周りがパニックになると、ご本人の不安を煽ってしまいます。
- 優しく声をかける:
 「大丈夫?」「今、ここにいるから安心して」など、穏やかな声で安心感を与えてください。強く揺さぶったり、大声を出したりするのは逆効果です。
- 安全を確保する: 
 ご本人が混乱して危険な行動をとりそうな場合は、まず安全な場所に誘導し、怪我をしないように見守ってください。
- 問い詰めない: 
 「どうして覚えていないの?」「しっかりして!」などと責めたり、無理に記憶を思い出させようとしたりするのはやめましょう。ご本人も自分でコントロールできず、苦しんでいます。
日常生活での関わり方
- 「病気」ではなく「その人自身」を見る: 
 解離はあくまでその人の一部分です。症状の裏にある、ご本人の苦しみや頑張りを理解しようと努める姿勢が大切です。
- ご本人のペースを尊重する: 
 回復には時間がかかります。「早く治してほしい」という期待はプレッシャーになります。ご本人のペースを見守りましょう。
- 話に耳を傾ける: 
 ご本人が話したい時には、批判や評価をせず、ただ静かに耳を傾けるだけで、大きな支えになります。
- サポートする側も自分を大切に: 
 ご本人を支えることは、ご家族にとっても大きな負担になることがあります。一人で抱え込まず、専門機関に相談したり、休息をとったりして、ご自身の心の健康も守ってください。

8. 当院でできること
神楽坂メンタルクリニックでは、解離症に悩む患者さんとそのご家族に寄り添い、専門的なサポートを提供します。
- 専門医による丁寧な診断: 
 経験豊富な精神科医が、患者さん一人ひとりのお話をじっくりと伺い、国際的な診断基準に基づいて正確な診断を行います。
- 個別化された治療計画: 
 患者さんの症状や背景、希望に合わせて、精神療法と薬物療法を組み合わせた最適な治療計画を一緒に立てていきます。
- 医師による支持的精神療法: 
 治療の基本となる、安全で信頼できる治療関係を築きながら、医師が患者さんの心の安定化をサポートし、回復に向けた助言や指導を行います。
- 薬物療法の適切な調整: 
 解離に伴うつらい症状を和らげるため、必要最小限のお薬を慎重に調整します。
- ご家族へのサポート: 
 ご家族が抱える悩みや不安についても相談に乗り、ご本人への適切な接し方について助言を行います。
※現在、当院では臨床心理士による専門的なカウンセリングは準備中です。トラウマ治療に特化したカウンセリングが必要と判断される場合は、適切な専門機関と連携し、ご紹介することも可能です。
一人で悩まず、まずは一度、当院にご相談ください。

さらに詳しく知りたい方は進んでください。ただし専門医レベルの難しい内容を含みます。
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