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躁うつ病

気分の高揚と落ち込みを繰り返す脳の病気

気分の高揚(躁)と落ち込み(うつ)を繰り返す脳の病気です。お薬と心理社会的な工夫で気分の波をコントロールし、安定した毎日を目指せます。

  • 気分が異常に高揚する
  • 自信に満ちあふれる
  • あまり眠らなくても平気になる
  • 次々とアイデアが浮かぶ
  • 気分がひどく落ち込む
  • 何にも興味がわかない
  • 疲れやすく、気力がない
  • 自分を責めてしまう

双極性障害は、躁病エピソードまたは軽躁病エピソード、および多くの場合、抑うつエピソードを特徴とする慢性の気分障害である。DSM-5-TRでは「双極症および関連症群(Bipolar and Related Disorders)」として一つの独立した章に分類され、うつ病群と統合失調症スペクトラム障害群の間に位置づけられている。これは、本疾患が家族歴、遺伝、臨床症状、治療反応性において、これら2つの疾患群との橋渡し的な性質を持つことを反映している(American Psychiatric Association, 2022)。

主要な病型は以下の通りである。

  1. 双極I型障害(Bipolar I Disorder):
    少なくとも1回の躁病エピソードの存在によって定義される。抑うつエピソードの既往は診断に必須ではないが、多くの症例で認められる。
  2. 双極II型障害(Bipolar II Disorder):
    少なくとも1回の軽躁病エピソードと、少なくとも1回の抑うつエピソードの既往によって定義される。躁病エピソードの既往があってはならない。
  3. 気分循環性障害(Cyclothymic Disorder):
    2年間以上(小児および青年では1年間以上)にわたり、軽躁病エピソードおよび抑うつエピソードの基準を満たさない多数の軽躁症状の期間と、抑うつ症状の期間が存在する。
  4. 他の特定される双極症および関連症群:
    臨床的に意味のある苦痛または機能障害を引き起こすが、上記のいずれの基準も満たさない場合に用いられる。
  5. 特定不能の双極症および関連症群:
    双極症の基準を満たさない理由を特定できない場合に用いられる。

ICD-11においても同様の分類(Bipolar type I disorder, Bipolar type II disorderなど)が採用されているが、DSM-5-TRとは診断基準の細部で異なる点も存在する(World Health Organization, 2019)。

双極性障害の疫学データは調査対象や診断基準によりばらつきがあるが、概ね以下のように報告されている。

項目双極I型障害双極II型障害双極性障害全体(Subthreshold含む)
生涯有病率(国際)約0.6 – 1.0%約0.4 – 1.1%最大4.4%
12ヶ月有病率(米国)0.6%0.8%2.8%
国内有病率(WMH-J)0.2%データなし0.7%
発症年齢平均18歳平均20代半ば
性差ほぼ1:1女性にやや多い傾向

躁状態が目立たない場合、双極性障害は、大うつ病性障害をはじめADHDやアルコール依存症などとしばしば誤診されやすく、正確な診断までに平均5〜10年を要することが報告されており(Gajwani et al., 2005)、実際の有病率はさらに高い可能性が示唆される。
自殺企図率は一般人口の約15倍と高く、生涯における自殺既遂率は4〜19%に達するとの報告もあり、早期診断・治療介入が極めて重要である。

双極性障害の病因は単一ではなく、遺伝的脆弱性を基盤として、神経生物学的要因、心理社会的要因が複雑に関与する多因子疾患と考えられている。

1. 遺伝的要因 

双極性障害は精神疾患の中でも遺伝性が高い疾患の一つであり、一卵性双生児の一致率は40-70%、第一度親族における発症リスクは5-10倍に上昇する(McGuffin et al., 2003)。近年のゲノムワイド関連解析(GWAS)では、CACNA1C(電位依存性カルシウムチャネル)、ANK3(アンキリン3)、TRANK1など、神経細胞の興奮性、シナプス機能、シグナル伝達に関わる多数のリスク遺伝子が同定されている(Mullins et al., 2021, PMID: 33907381)。

2. 神経生物学的要因

  1. モノアミン仮説:
    伝統的にドパミン(DA)、セロトニン(5-HT)、ノルアドレナリン(NA)の不均衡が想定されてきた。躁状態ではDA系の過活動、うつ状態ではモノアミン全体の機能低下が示唆されるが、病態の全てを説明するには至っていない。
  2. 神経回路・可塑性の異常:
    扁桃体-前頭前野の機能的結合の異常が感情調節障害に関与すると考えられている。特に、腹内側前頭前野(vmPFC)の活動低下と扁桃体の過活動が指摘されている(Phillips & Swartz, 2014)。また、BDNF(脳由来神経栄養因子)の低下など、神経可塑性や細胞生存に関わる経路の異常も報告されている。
  3. 細胞内シグナル伝達系の異常:
    リチウムの治療標的として、GSK-3β(グリコーゲンシンターゼキナーゼ3β)やイノシトールモノホスファターゼの阻害が知られており、これらの下流のシグナル伝達系の異常が病態に関与する可能性が示唆されている(加藤, 添付資料MDI治療薬の作用機序PDF)。
  4. ミトコンドリア機能障害:
    脳内のエネルギー代謝異常が双極性障害の病態に関与するという仮説が提唱されている。
  5. 炎症・免疫系の異常:
    サイトカインの上昇など、末梢および中枢神経系における炎症反応の亢進が、特に急性期において報告されている(Rosenblat & McIntyre, 2017)。

3. 心理社会的要因 

幼少期の逆境体験(被虐待など)や、成人後のストレスフルなライフイベントが発症や再発のトリガーとなる。特に、目標達成に関連する出来事(昇進など)が躁エピソードを、喪失体験が抑うつエピソードを誘発しやすいとされる(Kindling仮説、Post, 1992)。

双極性障害の経過はエピソードの反復を特徴とする。初回エピソードはうつ状態であることが多い(約75%)。治療を受けない場合の自然経過では、躁病エピソードは平均3-6ヶ月、抑うつエピソードは平均6-12ヶ月持続する。エピソード間には正常気分状態(寛解期)が存在するが、約3分の1の患者では寛解期にも軽度の残遺症状や機能障害が持続する。

  1. 混合性の特徴(Mixed Features):
    躁病/軽躁病エピソード中に3つ以上の抑うつ症状、または抑うつエピソード中に3つ以上の躁/軽躁症状が同時に存在する状態。治療反応性が低く、自殺リスクが高い。
  2. 急速交代型(Rapid Cycling):
    過去12ヶ月間に4回以上の気分エピソード(躁、軽躁、抑うつ)を認めるもの。患者の約10-20%にみられ、女性に多く、甲状腺機能低下症との関連が指摘される。予後不良因子とされる。
  3. 精神病症状:
    重症の躁病または抑うつエピソードでは、気分に一致した(mood-congruent)または不一致な(mood-incongruent)幻覚や妄想が出現することがある。

DSM-5-TR 診断基準(要約)

  1. 躁病エピソード (A)〜(D)
    • (A) 気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的となる。目標指向性の活動または活力の異常な増大が、少なくとも1週間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する。
    • (B) (A)の期間中、以下のうち3つ以上(気分が易怒的な場合のみは4つ以上)が有意な程度に認められる。
      1. 自尊心の肥大、または誇大
      2. 睡眠欲求の減少
      3. 普段より多弁、またはしゃべり続けようとする切迫感
      4. 観念奔逸、またはいくつもの考えがせめぎ合っているという主観的体験
      5. 注意散漫
      6. 目標指向性の活動の増加、または精神運動焦燥
      7. 精神的、身体的、社会的に好ましくない結果を招く可能性が高い活動への熱中
    • (C) 気分障害は、社会的・職業的機能に著しい障害を引き起こしている、または自己・他者に害を及ぼすのを防ぐため入院が必要なほど重篤である、あるいは精神病症状を伴う。
  2. 軽躁病エピソード: (A)の持続期間が4日間以上。(C)の機能障害が著しいレベルではなく、入院や精神病症状を伴わない点で躁病エピソードと区別される。
  3. 抑うつエピソード: 大うつ病性障害の診断基準と同じ。

鑑別診断

鑑別疾患鑑別のポイント
大うつ病性障害過去の(軽)躁病エピソードの有無が唯一の鑑別点。
精神運動制止が強い、非定型症状(過眠、過食)、精神病症状の合併、若年発症、家族歴などは双極性を疑うサイン(Bipolarity Index)。
統合失調症精神病症状が気分エピソードと独立して存在するかどうか。
双極性障害では精神病症状は主に気分エピソード中に限局する。
思考障害の質や陰性症状の目立ち方も鑑別点となる。
ADHD注意散漫、多動、衝動性は共通するが、ADHDでは症状が持続的・慢性的であるのに対し、双極性障害ではエピソード性である。
気分の高揚や誇大性は双極性障害に特徴的。
パーソナリティ障害(特に境界性)気分の不安定さは共通するが、境界性パーソナリティ障害の気分変動は対人関係ストレスに反応して数時間〜数日で変動することが多く、双極性障害のエピソードより持続時間が短い。
物質・医薬品誘発性障害物質(アンフェタミン、コカインなど)や医薬品(ステロイド、抗うつ薬)の使用との時間的関連を確認する。

評価尺度

  1. 躁症状: Young Mania Rating Scale (YMRS)
  2. うつ症状: Montgomery-Åsberg Depression Rating Scale (MADRS), Quick Inventory of Depressive Symptomatology (QIDS)
  3. スクリーニング: Mood Disorder Questionnaire (MDQ)

双極性障害に特異的な生物学的マーカーは確立されていない。検査は主に身体疾患の除外診断(鑑別診断)のために行われる。

  1. 血液検査:
    甲状腺機能(TSH, fT3, fT4)、電解質、腎機能(BUN, Cr)、肝機能(AST, ALT)、血糖値、血算、CRPなどを評価し、身体疾患や物質使用による気分症状を除外する。リチウム治療中は、血中濃度、腎機能、甲状腺機能の定期的モニタリングが必須である。
  2. 画像検査:
    脳MRIやCTは、器質的疾患(脳腫瘍、脳血管障害など)が疑われる場合に実施する。
  3. 心理検査:
    WAIS-IVなどの知能検査や、ロールシャッハ・テストなどのパーソナリティ検査は、診断補助や認知機能評価、治療計画立案に有用な場合がある。

治療は、急性期治療(躁病、うつ病)と維持期治療(再発予防)に大別される。日本うつ病学会/日本精神神経学会の「双極性障害(双極症)の薬物療法の治療ガイドライン 第3版」(2023年改訂予定、現行第2版 2020年)やCANMATガイドラインなどが参照される。

1. 薬物療法

治療期第一選択薬(エビデンスレベル高)第二選択薬・併用療法
急性躁病単剤:
リチウム
バルプロ酸
アリピプラゾール
オランザピン
クエチアピン
リスペリドン
併用:
気分安定薬 + 非定型抗精神病薬
カルバマゼピン
パリペリドン
m-ECT
急性うつ病クエチアピン
オランザピン(+フルオキセチン配合剤)
ルラシドン
リチウム
ラモトリギン
バルプロ酸
m-ECT
※ラモトリギンは急性期効果のエビデンスが限定的だが維持療法への移行を考慮し使用される
維持療法リチウム
クエチアピン
アリピプラゾール
オランザピン
バルプロ酸
ラモトリギン(うつ再発予防に優れる)
リスペリドン持効性注射剤
心理社会的治療の併用

注意点:

  1. 抗うつ薬の単剤使用:
    躁転や急速交代化のリスクがあるため、双極性うつ病に対する抗うつ薬の単剤使用は推奨されない(Strength of Recommendation: Strong against)。気分安定薬や非定型抗精神病薬との併用も、その有効性は限定的であり、慎重に検討する必要がある(McGirr et al., 2016, PMID: 27863800)。
  2. 薬物選択:
    患者の病型、過去の治療反応性、副作用プロファイル、併存疾患などを総合的に考慮し、個別化された治療計画を立てる(Shared Decision Makingが重要)。

2. 心理社会的介入(GRADE: Strong Recommendation) 

薬物療法との併用が推奨される。

  1. 心理教育:
    疾患、薬物療法、再発の初期徴候、ストレス対処法に関する知識を提供し、アドヒアランスと自己管理能力を向上させる。
  2. 認知行動療法 (CBT):
    抑うつ症状の軽減、再発率の低下に有効性が示されている。
  3. 対人関係・社会リズム療法 (IPSRT): 社会的リズムの安定化と対人関係上の問題解決を通じて、気分エピソードの再発予防に有効。
  4. 家族療法:
    家族内のコミュニケーションを改善し、心理的負担を軽減することで、患者の再発率を低下させる。

3. 修正型電気けいれん療法 (m-ECT) 

薬物抵抗性の重症躁病、重症うつ病、緊張病状態、自殺リスクが極めて高い場合に有効な治療選択肢である(Kellner et al., 2016, PMID: 27397195)。

4. 入院適応

  • 自殺念慮・企図、他害行為のリスクが高い場合
  • 重度の精神病症状や興奮を伴う場合
  • 自己管理能力が著しく低下し、食事や水分摂取が困難な場合
  • 外来での診断や治療方針の決定が困難な場合

双極性障害は再発率の高い慢性疾患である。最初の躁病エピソードから5年以内に90%以上の患者が再発を経験するとされる。

予後は、アドヒアランス、併存疾患(物質使用障害、不安症など)、心理社会的サポートの有無に大きく影響される。 機能的予後は臨床的予後(症状の寛解)としばしば乖離し、症状が寛解しても社会的・職業的機能の回復が遅れることが多い。

特に認知機能障害(実行機能、注意、記憶など)が寛解期にも遷延し、機能予後の重要な規定因子となる。 再発予防には、長期的な薬物療法のアドヒアランス維持が最も重要であり、心理社会的介入を組み合わせることで予後を改善できる。

  1. 病態解明:
    GWASのメタ解析により、リスク遺伝子の同定が進んでいる。神経画像研究では、安静時機能的MRI(rs-fMRI)を用いた脳内ネットワーク(特にDefault Mode Network, Salience Network)の結合異常に関する知見が集積している。また、腸内細菌叢や免疫・炎症系の役割にも注目が集まっている。
  2. 新規治療薬:
    双極性うつ病に対し、セロトニン、ドパミン、グルタミン酸系に複合的に作用する新規薬剤(例: Lumateperone, Cariprazine)の有効性が示され、治療選択肢が拡大している(Calabrese et al., 2021, PMID: 34551465)。
  3. デジタルフェノタイピング:
    スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られる客観的データ(活動量、睡眠パターン、通話記録など)を用いて、気分変動や再発の予兆を検知する研究が進行中であり、個別化された早期介入への応用が期待される。
  4. バイオマーカー:
    薬物療法の反応性を予測するためのバイオマーカー(遺伝子多型、血中サイトカインなど)の探索が精力的に行われているが、臨床応用には至っていない。客観的指標に基づく層別化・個別化医療の実現が今後の大きな課題である。
項目日本うつ病学会/JSNP (2020)CANMAT/ISBD (2018)APA (2010 Practice Guideline, 2020 Watch)
急性躁病 (第一選択)Li, VPA, AAP (ARI, OLA, RIS, QUE, PAR)Li, VPA, AAP (単剤またはLi/VPAとの併用)Li, VPA, OLA
急性うつ病 (第一選択)QUE, OLA(+FLX), LURQUE, LUR, Li, LTG, (Li/VPA+SSRI)OLA+FLX, QUE
維持療法 (第一選択)Li, AAP (ARI, OLA, QUE), LTG, VPALi, QUE, VPA, LTG, ARI, (Li/VPA+AAP)承認薬(Li, LTG, ARI, OLA等)の中から選択
抗うつ薬使用原則非推奨。併用も慎重に。併用は第二選択。単剤は非推奨。躁転リスクを警告。単剤使用は避ける。

全体的な治療戦略に大きな相違はないが、個々の薬剤の推奨レベルや順位には若干の違いが見られる。日本のガイドラインは国内での保険適用やエビデンスを重視している。

  • American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Publishing.
  • World Health Organization. (2019). International Classification of Diseases, 11th Revision (ICD-11).
  • 日本精神神経学会 (日本語版用語監修). (2023). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院.
  • 永井 良三 (シリーズ総監修), 笠井 清登 (編集). (2021). 精神科研修ノート第3版. 診断と治療社.
  • 井上 令一 (監修). (2017). カプラン臨床精神医学テキスト第3版. MEDSI.
  • 松崎 朝樹 (著). (2021). 精神診療プラチナマニュアル第3版. MEDSI.
  • MEDIC MEDIA (編集). (2023). こころの健康が見える第1版. MEDIC MEDIA.
  • 日本うつ病学会治療ガイドライン委員会. (2020). 日本うつ病学会治療ガイドライン II.双極性障害 2020. 精神医学, 62(9), 1083-1136.
  • Calabrese JR, Durgam S, Satlin A, et al. (2021). Efficacy and Safety of Lumateperone for Major Depressive Episodes Associated With Bipolar I or Bipolar II Disorder: A Phase 3 Randomized Placebo-Controlled Trial. Am J Psychiatry, 178(12), 1098-1106. (PMID: 34551465)
  • McGirr A, Vöhringer PA, Ghaemi SN, et al. (2016). Safety and efficacy of adjunctive second-generation antidepressant therapy with a mood stabiliser or an atypical antipsychotic in acute bipolar depression: a systematic review and meta-analysis of randomised placebo-controlled trials. Lancet Psychiatry, 3(12), 1138-1146. (PMID: 27863800)
  • Mullins N, Forstner AJ, O’Connell KS, et al. (2021). Genome-wide association study of more than 40,000 bipolar disorder cases provides new insights into the underlying biology. Nat Genet, 53(6), 817-829. (PMID: 33907381)
  • Yatham LN, Kennedy SH, Parikh SV, et al. (2018). Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments (CANMAT) and International Society for Bipolar Disorders (ISBD) 2018 guidelines for the management of patients with bipolar disorder. Bipolar Disord, 20(2), 97-170. (PMID: 29536616)
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