環境の変化など特定のストレスが原因で、心や体に不調が生じる状態です。ストレスから離れると改善しますが、うつ病などに移行することもあり、早期の対応が大切です。
特定のストレスに対する心のSOSサイン
 
- 気分の落ち込み、憂うつ
- 不安感、過剰な心配
- イライラ、怒りっぽさ
- 集中力・判断力の低下
- 眠つけない
- 食欲不振または過食
- 出社拒否、ひきこもり
- 頭痛、腹痛、めまい
- 動悸、疲労感
【1】疾患概念・定義(DSM-5-TR / ICD-11)
適応障害(Adjustment Disorder)は、特定可能な心理社会的ストレス因に対する非適応的な反応であり、その結果として情動面または行動面の症状が臨床的に意味のある形で出現する状態である。ストレス因との時間的関連性および、ストレス因が消失した場合の症状の消退が診断上の重要な特徴となる。
DSM-5-TR (APA, 2022)
- 診断名: 
 適応反応症 (Adjustment Disorder)
- 診断基準の要点:
- A. はっきりと確認できるストレス因に反応して、そのストレス因の始まりから3ヶ月以内に情緒面または行動面の症状が出現。
- B. これらの症状や行動は臨床的に意味があり、以下のうち1つまたは両方によって証明される:
- そのストレス因の外的文脈や文化的要因を考慮に入れても、それとは不釣り合いな程度に著しい苦痛。
- 社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の重大な障害。
 
- C. このストレス関連障害は他の精神疾患の基準を満たさず、すでに存在している精神疾患の単なる悪化ではない。
- D. 症状は正常な死別反応を示すものではない。
- E. ストレス因またはその結果がひとたび終結すると、症状がその後さらに6ヶ月以上持続することはない。
 
- 特定事項: 
 抑うつ気分を伴う、不安を伴う、不安と抑うつ気分の混合を伴う、素行の障害を伴う、情動と素行の障害の混合を伴う、特定不能、のように症状の性質によって特定される。
ICD-11 (WHO, 2019)
- 診断名: 
 適応反応症 (Adjustment disorder; 6B43)
- 診断基準の要点:
- A. 特定可能な心理社会的ストレス因(性質や重症度は問わない)の同定。
- B. ストレス因への不適応反応による症状の出現。中心的な症状は以下の2つである。
- ストレス因やその影響(例:将来への懸念)へのとらわれ(preoccupation)。反復的で苦痛な思考として現れる。
- とらわれの結果、日常生活(社会的・職業的機能)に支障をきたす適応の失敗(failure to adapt)。
 
- C. 症状はストレス因の発生後1ヶ月以内に出現する。
- D. 症状は他の精神疾患の基準を満たさない。
- E. ストレス因が取り除かれれば、症状は6ヶ月以内に寛解する。もしストレス因が持続する場合は、症状も持続する可能性があるが、診断は維持される。
 
- ICD-10からの変更点: 
 ICD-10では症状のタイプによって亜分類されていたが、ICD-11では「とらわれ」と「適応の失敗」という中核症状に焦点が当てられ、よりシンプルな診断基準となった。遷延性抑うつ反応などの亜型は廃止された。
【2】疫学(国内外、有病率、性差、発症年齢)
適応障害は臨床現場で最も頻繁に診断される精神疾患の一つである。
- 一般人口における有病率: 
 生涯有病率は報告により幅があるが、2~8%と推定されている。精神科外来患者においては10~30%、総合病院の精神科コンサルテーション・リエゾンサービスでは最も多い診断の一つで、約50%に達するという報告もある。
- 患者数の動向: 
 日本では近年、適応障害の患者数が顕著に増加している。JASTのレセプトデータによると、2018年から2022年の5年間で患者数は約1.7倍に増加しており、職場不適応の増加が背景にあると指摘されている。
- 性差: 
 女性は男性の約2倍多く診断される。特に独身女性が最もリスクが高いとの報告もある。
- 発症年齢: 
 どの年齢でも発症しうるが、進学、就職、結婚などライフイベントが集中する青年期に最も多い。日本のデータでは特に20代に多いが、30~50代にも一定数の患者が存在する。
【3】病因・病態生理(神経生物学・心理社会的要因)
適応障害の病因は、単一ではなく、複数の要因が相互作用するストレス脆弱性モデルによって最もよく説明される。すなわち、環境由来の心理社会的ストレス因と、個体の脆弱性(生物学的・心理的要因)の相互作用によって発症に至る。
心理社会的要因
- ストレス因の性質: 
 ストレス因は単一(例:失業)の場合もあれば、複数(例:病気と経済的問題)の場合もある。また、反復的(例:季節的な仕事の困窮)なものや、持続的(例:慢性疾患)なものも存在する。
- ストレス因の重症度: 
 出来事の客観的な重症度だけでなく、個人にとっての主観的な意味付けや、文化的背景が重要となる。
- 認知の役割: 
 出来事をどう受け止めるかという「認知」が、その後の気分や行動に影響を与える。破局的思考や自己批判的な認知スタイルはリスク因子となりうる。
生物学的要因
- 神経生物学: 
 明確な神経生物学的機序は特定されていないが、うつ病と同様に、ストレス反応に関与する視床下部-下垂体-副腎(HPA)系の機能異常や、セロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の関与が推測されている。
- 遺伝的要因: 
 適応障害そのものに対する強い遺伝的要因は証明されていないが、パーソナリティ特性やストレスへの反応性といった気質的な脆弱性には遺伝的要因が関与する可能性がある。
個体側要因(脆弱性)
- パーソナリティ: 
 特定のパーソナリティ障害(例:境界性パーソナリティ障害)は、ストレスへの対処能力が低く、リスクを高める可能性がある。
- 発達歴: 
 幼少期の不適切な養育環境やトラウマ体験は、その後のストレス対処能力に影響を与える。
- 社会的支援: 
 信頼できる家族や友人の存在など、ソーシャルサポートの欠如は重要なリスク因子である。
【4】臨床症状・経過(典型例・非典型例)
症状はストレス因の出現後3ヶ月以内(ICD-11では1ヶ月以内)に出現し、ストレス因が消失すれば6ヶ月以内に軽快するのが典型的な経過である。しかし、ストレス因が持続する場合(例:慢性的な病気、困難な職場環境)、症状も遷延することがある。
症状の多様性
- DSM-5-TRでは、優勢な症状によって「抑うつ気分を伴う」「不安を伴う」「素行の障害を伴う」などの亜型に分類される。
- 小児では、腹痛や頭痛などの身体症状、あるいは攻撃的行動、不登校といった行動上の問題として現れることが多い。
- 高齢者では、身体的愁訴へのとらわれや不安焦燥が前景に出ることが多い。
非典型的な経過
- 症状が6ヶ月以上持続する場合や、うつ病の診断基準を満たすようになった場合は、診断の見直しが必要となる。
- 自殺リスクは決して低くなく、自殺既遂者の約3.6%が適応障害と診断されていたとの報告もある。特に希死念慮を伴う場合は慎重な対応が求められる。
【5】鑑別診断・評価尺度
鑑別診断
- うつ病: 
 最も重要な鑑別疾患。ストレス因との関連性、症状の持続性・普遍性(広汎性)で見分ける。適応障害では、ストレス因から離れると気分が改善することが多い。
- 不安障害(全般性不安障害など): 
 不安が主症状の場合に鑑別が必要。適応障害では不安の対象が特定のストレス因に関連しているのに対し、全般性不安障害では多岐にわたる対象への過剰な不安が持続する。
- PTSD: 
 生命を脅かすような外傷的出来事が原因であること、再体験症状、回避、認知と気分の陰性変化、覚醒度と反応性の著しい変化といった特有の症状クラスターで鑑別する。
- 正常なストレス反応: 
 誰にでも起こりうる一時的な不調との鑑別。社会・職業的機能に著しい障害をきたしているかどうかが判断の分かれ目となる。正常な死別反応も適応障害には含まれない。
- パーソナリティ障害: 
 ストレスに対する不適応な反応パターンが長期間持続しており、パーソナリティ障害の診断基準を満たす場合はそちらを優先する。
評価尺度
- 包括的評価:
- HAM-D (Hamilton Depression Rating Scale): 抑うつ症状の重症度評価
- HAM-A (Hamilton Anxiety Rating Scale): 不安症状の重症度評価
- GAF (Global Assessment of Functioning): 全般的な機能レベルの評価
 
- 自己評価尺度:
- BDI (Beck Depression Inventory): 抑うつ症状の自己評価
- STAI (State-Trait Anxiety Inventory): 不安の自己評価
 
【6】検査(心理検査・画像・血液)
適応障害に特異的な生物学的マーカーはなく、診断は臨床症状に基づいて行われる。各種検査は、主に鑑別診断を目的として実施される。
- 心理検査:
- 性格検査 (YG、TEG、MMPIなど): 
 パーソナリティ特性やストレスへの対処スタイルを評価し、治療方針の参考にする。
- 認知機能検査 (WAISなど): 
 認知機能の低下が疑われる場合に実施する。
 
- 性格検査 (YG、TEG、MMPIなど): 
- 画像検査 (CT, MRI): 
 脳器質性疾患の除外のために行う。特に高齢者の初発事例では重要。
- 血液検査・身体検査: 
 甲状腺機能異常など、精神症状を呈する身体疾患のスクリーニングのために行う。
【7】治療(薬物療法、心理社会的介入、入院適応)
治療の第一選択は、ストレス因の除去・軽減(環境調整)と、心理社会的介入である。薬物療法はあくまで補助的な位置づけとなる。
心理社会的介入
- 支持的精神療法: 
 治療の基本。傾聴と共感を通じて治療同盟を確立し、患者が自らの力で問題に対処できるよう支援する。
- 認知行動療法 (CBT): 
 ストレス因に対する認知の歪みを修正し、より適応的なコーピングスキルを習得させる。特に問題解決技法は有効性が高い。
- 心理教育: 
 疾患やストレスについて正しい知識を提供し、セルフマネジメント能力を高める。
- リワークプログラム: 
 休職者に対して、職場復帰に向けたリハビリテーションを行う。生活リズムの安定、体力向上、模擬的なオフィス環境での作業、集団精神療法などを通じて、スムーズな復職と再発予防を目指す。
薬物療法
- 原則: 
 対症療法として、必要最小限の期間、単剤で用いる。保険適用のある薬剤はない。
- 抗不安薬 (ベンゾジアゼピン系): 
 不安、焦燥、不眠が強い場合に頓用または短期間使用する。依存のリスクに注意が必要。
- 抗うつ薬 (SSRIなど): 
 抑うつ症状が遷延する場合や、不安が強い場合に有効なことがある。効果発現までに時間を要する。
- 睡眠薬: 
 睡眠のリズムを付けるなど、一時的に不眠に対して用いる。漫然投与は避ける。
入院適応
- 自殺リスクが高い場合。
- 症状が重篤で、外来での治療が困難な場合。
- ストレス環境からの一時的な退避が不可欠な場合。
【8】予後・再発予防(機能予後含む)
- 予後: 
 一般的に予後は良好であり、ストレス因が除去されれば6ヶ月以内に回復することが多い。しかし、ストレス因が持続する場合や、脆弱性が高い場合、症状が遷延し、うつ病や不安障害など他の精神疾患に移行するリスクがある。特に青年期に診断された患者は、その後の精神疾患発症のリスクが高いとの報告がある。
- 機能予後: 
 職場不適応による休職の場合、復職後の再休職率が高いことが課題となっている。適切な復職支援プログラム(リワーク)や、復職後の職場環境調整が機能予後を大きく左右する。
- 再発予防:
- ストレスマネジメント: 
 自身のストレスサインを早期に覚知し、コーピングレパートリーを増やす。
- 認知的再構成: 
 完璧主義やべき思考など、ストレスを増幅させやすい認知パターンを修正する。
- ソーシャルサポートの活用: 
 孤立を避け、信頼できる他者との関係を維持・構築する。
- 環境調整: 
 自身の特性を理解し、過度なストレス環境を避ける、あるいは調整する能力を身につける。
 
- ストレスマネジメント: 
【9】最新研究動向(過去5年)と今後の展望
適応障害に関するランダム化比較試験(RCT)は、うつ病や不安障害に比べて極めて少ないのが現状である。しかし、近年いくつかの新しいアプローチが注目されている。
- デジタルヘルス・遠隔介入: 
 スマートフォンアプリやウェブサイトを用いたCBTプログラムなど、アクセシビリティの高い介入法の開発が進んでいる。これらは早期介入や、地理的・心理的障壁により受診が困難な層へのアプローチとして期待される。(O’Donnell, et al., 2021, PMID: 34388001)
- Virtual Reality (VR) 療法の応用: 
 不安障害領域で効果が示されているVRを用いた曝露療法が、特定の社会的ストレス(例:プレゼンテーション)に対する適応障害にも応用され始めている。安全な環境下でストレス状況を繰り返し体験し、対処能力を高めることを目的とする。(Frontiers in Psychiatry, 2025)
- 神経科学的アプローチ: 
 ストレス脆弱性の神経生物学的基盤を解明する研究が進められている。将来的には、バイオマーカーを用いたハイリスク者の早期発見や、より個別化された治療法の開発につながる可能性がある。
- 産業保健との連携強化: 
 職場におけるメンタルヘルス対策の重要性が増す中、主治医、産業医、企業が連携した、よりシームレスな休職・復職支援モデルの構築が求められている。
今後の展望
ICD-11で診断基準が変更されたことを受け、今後、新しい基準に基づいた疫学研究や臨床研究の進展が期待される。また、治療抵抗例や遷延例に対するエビデンスに基づいた治療法の確立、そして個々の患者の脆弱性やレジリエンスに応じた予防的介入の開発が重要な課題となるだろう。
【10】国内外ガイドライン比較
適応障害に特化した包括的な治療ガイドラインは、国内外ともにまだ十分に整備されていないのが現状である。多くのガイドラインでは、うつ病や不安障害、PTSDの項目で言及されるにとどまっている。
| ガイドライン/機関 | 位置づけ・推奨 | 
| 日本精神神経学会 | 明確なガイドラインは未策定。 個々の論文等で、支持的精神療法を基本とし、薬物療法は最小限に留めるべきとの見解が示されている。 | 
| APA (米国精神医学会) | Practice Guidelineでは、ストレス因への対処とコーピングスキルの向上を目的とした心理療法(支持的療法、問題解決療法、CBTなど)を推奨。 薬物療法は短期的な補助療法として位置づけられている。 | 
| WHO (世界保健機関) | mhGAP Intervention Guideなどで、ストレスに関連する症状への基本的な心理社会的支援(傾聴、問題解決支援など)の重要性を強調している。 専門家以外でも提供可能な介入を重視。 | 
| NICE (英国国立医療技術評価機構) | PTSDガイドラインの中で、より重篤でないトラウマ反応として適応障害に言及。 Watchful waiting(経過観察)、トラウマ焦点化CBTの短期導入などが推奨されている。 | 
総括: 
国内外を問わず、心理社会的介入が治療の中心であり、薬物療法は二次的・補助的な役割であるという点でコンセンサスが得られている。環境調整とストレス対処能力の向上が治療の鍵であり、今後のガイドライン策定においては、より具体的な心理社会的介入のプロトコルや、産業保健との連携を含めた包括的ケアモデルの提示が期待される。
【11】参考文献
- American Psychiatric Association (著), 日本精神神経学会 (日本語版用語監修) (2023). 『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』. 医学書院.
- 永井 良三 (シリーズ総監修), 笠井 清登 (編集) (2021). 『精神科研修ノート 第3版』. 診断と治療社.
- Sadock, B. J., Sadock, V. A., Ruiz, P. (著), 井上 令一 (監修) (2017). 『カプラン臨床精神医学テキスト第3版』. MEDSI.
- 松崎 朝樹 (著) (2024). 『精神診療プラチナマニュアル 第3版』. MEDSI.
- 『こころの健康が見える第1版』 (2021). MEDIC MEDIA.
- O’Donnell, M. L., Metcalf, O., Watson, L., et al. (2021). A systematic review and meta-analysis of digital mental health interventions for depression, anxiety, and trauma-related disorders. Journal of Affective Disorders, 295, 919-930. (PMID: 34388001)
- 厚生労働省 (2023). 「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」.
- Casey, P., & Bailey, S. (2011). Adjustment disorders: The state of the art. World Psychiatry, 10(1), 11–18. (PMID: 21379326)
- O’Donnell, M. L., Bryant, R. A., Creamer, M., et al. (2019). A prospective study of adjustment disorder after trauma. Journal of Traumatic Stress, 32(2), 224-232. (PMID: 30908865)
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