公開日:2026年10月15日 / 最終更新日:2026年10月15日
この記事のポイント
2026年1月、双極症(双極性障害・躁うつ病)では、脳の奥にある「視床室傍核(ししょうしつぼうかく)」という小さな部位の神経細胞が強く障害されている可能性を示す研究が発表されました。
これは病気のしくみの解明に向けた大切な一歩ですが、すぐに検査や新しい薬に結びつく段階ではありません。
一方で、この研究は「今の治療と生活の工夫を続けること」の意味をあらためて裏付けるものでもあります。本記事では、治療中の方に向けて、研究の内容といま実際にできることを整理します。
目次
1. 双極症の新しい研究で分かったこと
結論:双極症の方の脳では、感情の強さの調整に関わるとされる「視床室傍核」の神経細胞が、およそ半分に減っている可能性が示されました。
研究の概要
この研究は、順天堂大学とカナダ・マギル大学などの国際共同研究グループによるもので、2026年1月に国際的な科学誌(Nature Communications)に掲載されました。双極症の方21名と、双極症ではない方20名の死後脳(亡くなった後に研究のために提供された脳)を用い、細胞ひとつひとつの遺伝子の働きを調べる最新の解析が行われました。
視床室傍核はどんな働きをしているのか
視床室傍核は、動物の研究から、情動(感情の動き)、報酬(やる気や喜び)、ストレスへの反応に関わることが分かりつつある部位です。研究グループは、強い意味を持つ出来事に反応して「感情の強さ」を調整しているのではないかと考えています。気分の波が大きくなる双極症と関係しているという考え方は、こうした働きと整合するものです。
研究者による解説動画
この研究を率いた加藤忠史先生(順天堂大学)が、研究の内容を解説している動画です。あわせてご覧ください。
出典:YouTubeチャンネル「双極はたらく+くらしラボ」(外部サイトの動画です。動画の内容は当院が制作・監修したものではありません)
2. この研究をどう受け止めればよいか
結論:病気のしくみの解明に向けた重要な成果ですが、診断や治療がすぐに変わるものではありません。今の治療を続けることの大切さは変わりません。
「原因が分かった=すぐに治る」ではない
報道では「原因部位を特定」と紹介されることもありますが、医学的には次のような点を踏まえて、期待しつつも冷静に受け止めることが大切です。
研究の限界として知っておきたいこと
・対象は約40名と比較的少人数で、ほかの研究グループによる確認(再現)が必要です。
・亡くなった方の脳を調べた研究のため、神経細胞の減少が病気の原因なのか、長い経過の結果なのかは、この研究だけでは区別しきれません。
・対象はヨーロッパ系の方が中心で、日本の方にも同じことが言えるかは今後の検証が必要です。
研究と今の治療のつながり
この研究は、現在の治療方針を変えるものではありませんが、今の治療や生活の工夫に意味があることを、別の角度から裏付ける内容を含んでいます。
将来の治療への期待
今後は、視床室傍核の状態を脳画像で評価する方法の開発や、神経の興奮を調整する新しい作用のお薬の研究などが期待されています。ただし、これらは研究・開発の段階であり、実用化の時期や効果は現時点では分かりません。新しい治療のニュースに触れたときは、自己判断で今の治療を変えず、まず主治医にご相談ください。
3. 今できること①:治療を「続ける」
結論:双極症の再発のきっかけとして最も多いのは、お薬の中断だと報告されています。調子が良い時期こそ、治療を続けることが再発予防の土台になります。
自己判断でお薬をやめない
日本うつ病学会の患者さん向け資料では、双極症の方の半数近くがお薬をきちんと服用できておらず、再発の最大の理由は服薬の中断であるという報告が紹介されています。症状が落ち着いた「寛解期(かんかいき:症状がほぼない安定した時期)」にも、再発予防のためにお薬を続けるのが基本です。
また、一部の気分安定薬には、気分障害の方の自殺のリスクを下げる効果が、複数の臨床試験をまとめた解析で報告されています。お薬は「今の症状を抑える」だけでなく、「これからの生活を守る」役割も担っています。
お薬についてのポイント
・「もう治ったから」「忙しいから」と通院やお薬をやめず、減量や中止は必ず主治医と相談して決めましょう。
・飲み忘れが多いときは、飲む時間を固定する、お薬カレンダーやスマートフォンの通知を使うなどの工夫が役立ちます。
・副作用(体重の増加、手のふるえ、眠気など)がつらいときは我慢せず、遠慮なくお伝えください。種類や量の調整で軽くできる場合があります。
血液検査が必要なお薬を飲んでいる方へ
気分安定薬の中には、血液中の濃度を定期的に測りながら量を調整するものがあります。濃度が高すぎると体に負担がかかり、低すぎると十分な効果が得られないためです。
次のような場合は早めにご連絡ください
・下痢、嘔吐、強いふらつき、手のふるえの悪化などがあるとき
・発熱や大量の汗、食事・水分がとれないなどで脱水になりそうなとき
・ほかの医療機関で新しいお薬を出されたときや、市販の痛み止めを続けて使うとき(一部の痛み止めで血中濃度が上がることがあります)
採血のタイミング(お薬を飲む前に採血するなど)は、検査結果に影響します。主治医からの指示に沿って検査を受けてください。
抗うつ薬は慎重に
双極症のうつ状態は、うつ病と症状がよく似ていますが、治療薬が異なります。抗うつ薬だけを使うと躁状態に転じる(躁転)おそれがあるため、ガイドラインでは慎重な使用が求められています。以前に処方された抗うつ薬が手元に残っていても、自己判断で飲まないようにしましょう。
4. 今できること②:生活リズムを整える
結論:起床・就寝・食事の時刻をそろえることは、双極症の再発予防に効果が示されている、最も身近な方法のひとつです。
睡眠を守ることが最優先
徹夜などで睡眠時間が短くなると、躁状態が起こりやすくなることが分かっています。忙しい時期ほど、睡眠時間を「先に確保する」意識が大切です。日本うつ病学会の資料でも、不規則な生活リズムは心理的なストレス以上に再発のリスクになる一方、規則正しい生活リズムには躁・うつの両方を予防する効果が示されているとされています。
今日からできる工夫
・起きる時刻を毎日(休日も)なるべくそろえる
・朝起きたらカーテンを開けて光を浴びる
・食事の時刻を大きくずらさない
・夜更かしや徹夜を伴う予定(深夜の作業、夜通しのイベントなど)はできるだけ避ける
・時差のある海外旅行や夜勤など、リズムが大きく変わる予定は事前に主治医と相談する
眠れない状態が続く場合は、それ自体が再発の前触れのこともあります。睡眠の問題については、睡眠障害の解説ページもご参照ください。
記録をつけて「自分のパターン」を知る
気分や睡眠を記録すると、どんなときに調子を崩しやすいかが見えてきます。日本うつ病学会では、次のような記録用紙やアプリを無料で公開しています。
記録は完璧である必要はありません。続けられる範囲でつけ、診察の際にお持ちいただくと、治療方針を一緒に考える材料になります。
5. 今できること③:再発のサインに早く気づく
結論:大きな波になる前の「小さな変化」に気づき、早めに受診や相談につなげることで、本格的な悪化を防げる可能性が高まります。
自分だけの「サインリスト」を作る
再発のサインは人によって異なります。調子が安定している時期に、過去の経験を振り返り、ご家族とも話し合いながら書き出しておきましょう。次の表は一般的な例です。
サインに気づいたときの行動計画
日本うつ病学会の資料では「火はボヤのうちに消せ」という言葉で、早めの対応の大切さが説明されています。サインに気づいたときに何をするかを、あらかじめ決めておきましょう。
ステップ1:睡眠時間を最優先で確保し、予定や刺激(夜の外出、長時間の画面視聴など)を減らす
ステップ2:信頼できるご家族や身近な人に「サインが出ている」と伝える
ステップ3:次の予約を待たずに、早めに受診・相談する
ステップ4:大きな買い物や契約、退職などの重要な決断は先延ばしにする
「調子が良すぎる時期」を目標にしない
双極症の方は、軽躁の時期を「本来の元気な自分」と感じ、そこを目標にしてしまうことがあります。その結果、無理を重ねて疲れ果て、うつ状態に入ってしまうこともあります。どのくらいの状態を「ちょうど良い」とするかを、主治医やご家族と一緒に確認しておくことが大切です。
6. 今できること④:悪化のきっかけを減らす
結論:お酒・過労・睡眠不足・人間関係のストレスなど、気分の波を大きくする要因を知り、生活の中で減らしていくことが再発予防につながります。
お酒や薬物は控える
双極症の方では、問題のある飲酒や薬物の使用が精神状態に悪影響を与えることが知られています。お酒は眠りを浅くし、お薬との相互作用も起こしうるため、できるだけ控えることが勧められます。飲酒の量が減らせずお困りの方は、アルコール依存症の解説ページもご覧ください。
「楽しいこと」も、やりすぎに注意
悪化のきっかけは、つらいストレスだけではありません。楽しい遊びや、充実感のある仕事でも、ブレーキがきかずにやりすぎてしまい、その反動で調子を崩すことがあります。「これはやる、これは後回し」と優先順位をつけ、一人で抱え込まずに周囲に相談する習慣が役立ちます。
妊娠・出産を考えている方へ
双極症の治療中でも、妊娠・出産は可能です。ただし、一部の気分安定薬はお子さんへの影響が知られているため、妊娠を考え始めた段階で主治医に相談し、お薬の調整などの準備(プレコンセプションケア)を進めることが大切です。妊娠が分かった場合も、自己判断で急にお薬をやめず、すぐにご相談ください。
7. 今できること⑤:一人で抱え込まない
結論:ご家族や医療者とチームで取り組むこと、そして使える支援制度を知っておくことが、長く安定した生活を支えます。
ご家族と情報を共有する
躁の時期にはご本人が変化に気づきにくく、うつの時期にはご家族が状態を軽く見てしまうことがあります。サインリストや記録をご家族と共有しておくと、早めの対応につながります。また、家族内での強い感情のぶつけ合い(批判や過度な心配など)を減らすことは、病状の悪化を防ぐことが示されています。ご家族の関わり方については、ご家族向けの接し方の解説も参考になります。
支援制度を活用する
通院を続けるうえでの経済的な負担や、仕事・生活の悩みには、公的な支援制度があります。代表的なものを整理します。
対象となるかどうかや手続きは状況によって異なります。まずは診察の際にご相談ください。
つらい気持ちが強いときは
「消えてしまいたい」「死にたい」という気持ちが強いときは、一人で抱えずに、主治医や身近な人に伝えてください。夜間や休日など、すぐに相談先が見つからないときは、次の窓口も利用できます。
こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556(受付時間は地域により異なります)
8. 当院でのサポート
結論:当院では、精神保健指定医・精神科専門医である院長が主治医として継続的に担当し、お薬の調整と生活面の工夫を一緒に考えていきます。
神楽坂メンタルクリニック(新宿区神楽坂・神楽坂駅1b出口より徒歩1分)は、常勤医による主治医制をとっています。毎回同じ医師が経過を把握することで、気分の小さな変化やお薬の効果・副作用を継続的に確認できます。
・診察では、睡眠・覚醒リズム表などの記録を一緒に振り返り、再発のサインや生活の工夫を確認します。
・限られた診察時間の中でも、認知行動療法のエッセンスを取り入れた精神療法を行っています。
・「最近ニュースで見た研究が気になる」といったご質問も、どうぞお気軽にお尋ねください。
双極症の症状や治療全般については、双極症(躁うつ病)の解説ページで詳しくご紹介しています。お薬の基本的な考え方は精神科の薬物療法のページもご参照ください。
※治療の効果や経過には個人差があります。本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断や治療方針は診察のうえで決定します。
9. よくあるご質問
Q1. 今回の研究で、双極症の検査や新しい治療はすぐに受けられますか?
A. いいえ。今回の研究は病気のしくみを明らかにするための基礎的な研究で、現時点で検査や治療としては実用化されていません。今後、ほかの研究での確認や、画像診断・新しい治療法の開発が進むことが期待されています。
Q2. 神経細胞が減っていると聞いて不安です。もう良くならないのでしょうか?
A. 今回の研究は亡くなった方の脳を調べたもので、治療中の方一人ひとりの脳の状態を示すものではありません。双極症は、お薬と生活の工夫によって、気分の波をコントロールしながら社会生活を送っている方が多い病気です。不安なときは、主治医にご相談ください。
Q3. 調子が良いので、お薬を減らしたいのですが。
A. 調子が良い時期は、お薬が効いている時期でもあります。双極症では服薬の中断が再発の大きなきっかけになるため、減量や中止は自己判断で行わず、これまでの経過を踏まえて主治医と相談して決めましょう。
Q4. 生活の中で、まず一つだけ始めるなら何がよいですか?
A. 毎朝同じ時刻に起きることをおすすめします。起床時刻をそろえると、睡眠や食事のリズムも整いやすくなります。あわせて、睡眠時間と気分を簡単に記録しておくと、診察で役立ちます。
Q5. 新しいお薬の臨床試験(治験)に参加したい場合はどうすればよいですか?
A. 治験には参加条件があり、今の治療との兼ね合いも重要です。まずは主治医にご相談ください。参加の可否や注意点を一緒に確認します。
10. 参考文献
- Nishioka M, Sakashita-Kubota M, Iijima K, et al. Disturbances of paraventricular thalamic nucleus neurons in bipolar disorder revealed by single-nucleus analysis. Nature Communications. 2026;17:1338. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12873406/
- 順天堂大学.双極症の原因脳部位として”視床室傍核”を同定(2026年1月15日).https://www.juntendo.ac.jp/news/25887.html
- 日本うつ病学会 双極症委員会.双極症とつきあうために Ver.11(2024年1月).https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/gakkai/shiryo/data/bd_kaisetsu_ver11-20240118.pdf
- 日本うつ病学会 双極症委員会(睡眠・覚醒リズム表、ライフチャート、ソーシャル・リズム・メトリック等の資料).https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/soukyoku.html
- 日本うつ病学会.日本うつ病学会診療ガイドライン 双極症2023(Mindsガイドラインライブラリ).https://minds.jcqhc.or.jp/guidelines_kind/双極性障害/
- Cipriani A, Hawton K, Stockton S, Geddes JR. Lithium in the prevention of suicide in mood disorders: updated systematic review and meta-analysis. BMJ. 2013;346:f3646. https://doi.org/10.1136/bmj.f3646
- Kasahara T, Takata A, Kato TM, et al. Depression-like episodes in mice harboring mtDNA deletions in paraventricular thalamus. Molecular Psychiatry. 2016(理化学研究所プレスリリース).https://www.riken.jp/press/2015/20151020_1/
- 双極はたらく+くらしラボ.双極症(双極性障害)の診断・治療法につながる原因部位を特定【加藤忠史先生】(YouTube).https://youtu.be/JEqgFM4B_CU
- 厚生労働省.まもろうよ こころ(電話相談窓口).https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/tel
【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)
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