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抗うつ薬のTier表|精神科医が独断と偏見で使い分けを解説

「抗うつ薬はたくさんありますが、結局どれが一番いいのですか」——診察室で、時々いただくご質問です。

正直にお答えすると、すべての方に共通する順位は存在しません。それでも精神科医は、処方を考えるときに頭の中でおおまかな「使い分けの地図」を持っています。この記事では、その地図をあえてTier表(ゲームなどで使われる、段階分けの一覧表)という形にして、院院長の個人的な見解として公開してみます。院長の薬物療法の考え方の一つとして参考にしていただければ幸いです。

はじめに、いちばん大切なお願い

このTier表は、薬の優劣を決めるものではありません。段階が下のお薬が「良くない薬」という意味ではなく、いま服用されているお薬への評価でもありません。

お薬との相性は一人ひとり大きく異なり、この表で下位に置いた薬でその方の状態がもっとも落ち着く、ということは日常的に起こります。記事を読んで不安になっても、自己判断でお薬を中止・減量なさらないでください。気になった点は、次回の診察でそのままお伝えいただければ十分です。

1. この記事を書いたきっかけ

最近、精神科医の先生がYouTubeで「抗うつ薬をTier表にしてみる」という趣旨の動画を公開されているのを見かけました。Tier表というのは、もともとゲームのキャラクターの強さを段階分けして並べる、インターネット発の形式です。それが薬の話に持ち込まれているのが新鮮で、個人的にとても面白く拝見しました。

そして見ているあいだ、ずっと考えていたことがあります。「自分ならどこに置くだろう」ということです。同じ薬でも、医師によって置き場所はかなり変わります。どの副作用を重く見るか、どんな患者さんを多く診てきたか、やめるときの苦労をどれだけ経験したか——そうした背景がそのまま順位に出るからです。つまりTier表は、薬の性質だけでなく作った医師の診療観がそのまま表れるおもしろさがあります。

そこで、自分でも一度きちんと考えてみることにしました。それがこの記事です。

ただ、この形式にはひとつだけ気がかりな点があります。順位が「薬の優劣」として一人歩きしやすいことです。実際の診察では、段階の上下より「その方に合っているかどうか」のほうがはるかに大きく結果を左右します。そこで本記事では、Tierの意味をあらかじめはっきり定義したうえで進めることにします。

きっかけになった動画

※ 外部サイト(YouTube)で公開されている動画です。制作者は当院とは関係のない第三者であり、内容は各制作者の見解です。当院がその内容を保証したり、推奨したりするものではありません。また、動画内で言及されている個々のお薬が、ご覧になっている方に適しているかどうかは別の問題です。実際の治療については主治医にご相談ください。

2. この記事の前提と読み方

結論から申し上げると、このTierは「効き目の順位」ではなく「筆者がどんな場面で候補に挙げるか」の頻度を表しています。前提を4つだけ共有させてください。

想定しているのは「成人のうつ病の、最初の数か月」です

不安症・強迫症・慢性の痛みなど、うつ病以外を治療の目標にする場合は、順位はまったく別のものになります。長く飲み続ける段階(維持療法)や、なかなか良くならない場合の考え方も、この表とは前提が異なります。

お薬は「成分名」で書いています

医師が処方するお薬(医療用医薬品)は、一般の方に向けて宣伝することが法令上制限されています。そのため本記事では、商品名ではなく成分名(一般名)で記載します。お手元の薬剤情報提供書や、薬局でもらう説明書には、商品名と一緒に成分名も書かれていることがほとんどですので、そちらと照らし合わせてご覧ください。

「独断と偏見」は本当に独断と偏見です

後半で紹介する国際的な研究データを土台にはしていますが、段階分けそのものは筆者一人の臨床経験と価値観による整理です。学会の診療ガイドラインが定めた序列ではありませんし、他の精神科医が同じ表を作れば、まず違う配置になります。そういう性質のものとしてお読みください。

効果にも副作用にも、大きな個人差があります

同じ薬でも、よく合う方と、まったく合わない方がいらっしゃいます。この記事は特定のお薬をおすすめするものでも、効果を保証するものでもありません。実際にどのお薬を用いるかは、症状・体質・持病・併用薬・生活の状況を踏まえて、診察の中で一緒に決めていくものです。

3. 抗うつ薬Tier表(独断と偏見)

国内で使えるおもな抗うつ薬を、5つの段階に分けました。上ほど「迷ったときにまず候補に挙がる」、下ほど「使う場面が絞られる」という意味です。効き目の強さの順番ではない点を、もう一度だけ強調させてください。

段階 成分名 ひとことで言うと
Tier S ボルチオキセチン
エスシタロプラム
ベンラファキシン
筆者がもっとも多く使い、もっとも頼りにしている薬。困ったときに立ち戻れる
Tier A ミルタザピン
セルトラリン
デュロキセチン
「不眠を何とかしたい」「飲み合わせが心配」など、目的が定まったときの主力
Tier B パロキセチン
フルボキサミン
ミルナシプラン
条件がそろえば力を発揮する。ただし飲み方・やめ方に配慮が要る
Tier C トラゾドン
三環系抗うつ薬
スルピリド
古くからある薬。ここぞという場面では今も有力だが、使いどころを選ぶ
Tier EX ズラノロン 2026年発売。仕組みも飲み方も他と違うため、同じ土俵で比べられない

なお、海外でよく使われるフルオキセチン、シタロプラム、ブプロピオン、アゴメラチンなどは日本では発売されていません。海外の情報をご覧になった方が「その薬を試したい」とおっしゃることがありますが、国内では処方できない点はご了承ください。

4. 「独断」の下敷きにした客観的なデータ

独断と偏見とは言いましたが、土台にしている研究はあります。2018年に医学誌『Lancet』に掲載された、21種類の抗うつ薬を比較した大規模な統合解析です。522件の臨床試験・のべ116,477人分のデータを、直接比べた試験と間接的な比較を組み合わせて解析したもので、現在も抗うつ薬の比較研究としては基準となる報告です。

この研究が示したことを、患者さんの視点で3つに要約します。

わかったこと 内容
①どれも偽薬より有効だった 21種類すべてが、偽薬(プラセボ〈見た目は同じで有効成分の入っていない薬〉)より症状の改善が得られていました。
②薬どうしの差は小さい 薬の間にも差はありましたが、その幅は「偽薬との差」に比べればわずかでした。順位表を作れてしまう程度の差であって、体感が劇的に変わるほどの開きではありません。
③効きめと続けやすさは別物 改善の度合いが上位でも、副作用で中断する人が多い薬があります。逆に、改善は中位でも最後まで飲み続けられた薬もあります。

この研究で「効きめ」と「続けやすさ」の両方で上位に入ったのは、エスシタロプラム、セルトラリン、ボルチオキセチンでした。本記事でも、この3剤はいずれも上位に置いています。

いっぽうで、後述するとおりTier Sにはベンラファキシンも入れています。この薬は、続けやすさの面では上位ではありません。それでも上に置いたのは、「他の薬で十分な改善が得られなかったときに立ち戻れる」という、統合解析の数字には表れない価値を筆者が重く見ているからです。ここがまさに、独断と偏見の部分です。

この研究の限界も知っておいてください

対象は成人・急性期・重い身体疾患のない方に限られ、期間もおおむね8週間です。長期間飲み続けた場合や、なかなか改善しない場合、双極症(そううつ病)が背景にある場合には、そのまま当てはめられません。また、こうした統合解析はもともと「偶然の差」を本物の差と見誤りやすい性質があることも指摘されています。

5. Tier S:筆者がもっとも頼りにしている薬

筆者が実際にもっとも多く使っている3剤です。「飲みやすさ」だけで選んだ並びではありません。この薬なら最後まで付き合える、困ったときに立ち戻れる——そう感じられるかどうかを基準にしています。

ボルチオキセチン(もっとも使用頻度が高い一剤)

比較的新しい薬で、セロトニンの再取り込みを抑える働きに加えて、複数の受容体に直接作用する点が特徴です。統合解析では効きめ・続けやすさの両方で上位に入りました。飲み始めの吐き気が出やすい一方、やめるときの不調(中断症状)が起こりにくいとされ、性機能への影響も比較的少ないと報告されています。

筆者は現在、この薬をもっとも多く用いています。エスシタロプラムでねらう効果を保ちながら、性機能への影響やお薬をやめるときの負担を軽くできる選択肢として位置づけているためです。ただしこれは筆者個人の見立てであり、両者を直接比べて優劣が決まっているわけではありません。「頭がぼんやりする」「集中が続かない」といった訴えが前面にある方でも選びます。

エスシタロプラム

1日1回・少ない錠数で、うつ病にも不安にも使いやすい薬です。飲み合わせの問題も比較的少なく、判断の基準にできる一剤として、いまも出番の多い薬です。一方で、用量が増えると心電図の波形(QT間隔)に影響が出ることがあり、上限が決まっています。心臓の持病がある方、高齢の方では慎重に量を決めます。

ベンラファキシン

量を増やすとセロトニンだけでなくノルアドレナリンにも作用が広がる薬です。飲み始めやすさという点では、Tier Sの他の2剤に及びません。それでもここに置いているのは、理由があります。

英国で広く用いられている処方の手引き(The Maudsley Prescribing Guidelines in Psychiatry)でも、多くの治療の進め方の目安でも、この薬はいくつか試したあとの段階で名前が挙がる薬として位置づけられています。言いかえれば、他の薬で思うような改善が得られなかったときに立ち戻れる一手を残しておける、ということです。この「頼りになる」という感覚を、筆者は続けやすさの数字より重く見ています。

注意点は2つ。血圧が上がることがあるため定期的な確認が必要なこと、そしてやめるときの不調が抗うつ薬のなかでも起こりやすいことです。当院では、開始の段階から「どうやめるか」までを組み立ててからお出しするようにしています。

6. Tier A:目的がはっきりしたときの主力

効きめも安全性も十分に信頼できる薬たちです。Tier Sとの差は優劣ではなく、筆者が「どんなときに手を伸ばすか」の違いにすぎません。目的や条件がはっきりしたときに選ぶことが多い、という並びです。

ミルタザピン

統合解析では、効きめの面で上位に位置づけられた薬です。眠気と食欲増進が出やすいため、眠れず、食べられず、体重が落ちているという状態の方には、この性質がそのまま助けになります。逆に、日中の眠気を避けたい方や体重増加が気になる方には向きません。なお、量を増やせば増やすほど効くという薬ではなく、中等量を超えると効きめは頭打ちになり、副作用だけが増えることが用量反応の解析で示されています。

セルトラリン

他のお薬との飲み合わせがもっとも起こりにくい部類の抗うつ薬です。内科のお薬をたくさん飲んでいる方、持病のある方、ご高齢の方では、この点が決め手になります。少量から始めて時間をかけて調整するため、効果を判断するまでにやや時間がかかることがあります。

統合解析では効きめ・続けやすさの両方で上位に入った薬で、信頼している一剤です。ただし筆者の場合、先にボルチオキセチンやエスシタロプラムを検討することが多いため、使う頻度としてはこの位置になります。飲み合わせの安全性が決め手になる場面では、真っ先に候補に挙がります。

デュロキセチン

うつ病に加えて、慢性の腰痛や神経の痛みにも保険が使える薬です。気分の落ち込みと痛みが同時にある方では第一候補になります。統合解析では効きめは上位でしたが、途中でやめた方の割合も多い群に入っていました。飲み始めの吐き気、血圧、尿の出にくさに注意して進めます。

7. Tier B:条件がそろえば力を発揮する薬

「良い薬だが、初手では選びにくい」というグループです。多くの場合、うつ病そのものより、併存する不安症・強迫症などの適応症を理由に選ばれます。

パロキセチン

効きめの面では上位に入る薬で、パニック症・社交不安症・強迫症・PTSDと保険適応の幅がもっとも広いのが強みです。一方で、他のお薬の代謝を強く邪魔すること、体重が増えやすいこと、やめるときの不調が出やすいこと、妊娠初期の使用には慎重さが求められることから、筆者はこの位置に置いています。「うつ病だから」ではなく「この不安症状に使いたいから」選ぶ薬、という整理です。

フルボキサミン

国内でもっとも早くから使われてきたSSRIです。統合解析では途中でやめた方の割合が多い群に入り、また飲み合わせの制約も少なくありません。ただし強迫症・社交不安症に保険が使える点は今も価値があり、その目的でなら十分に選択肢になります。

ミルナシプラン

肝臓での代謝の仕方が他と異なり、飲み合わせの心配がほとんどないという際立った長所があります。多剤を服用中の方では今も出番があります。ただし研究データの量が少なく、効きめの推定にばらつきが大きい点、また男性で尿が出にくくなることがある点は考慮が必要です。

8. Tier C:使いどころを選ぶ薬

古くからある薬です。下位に置いた理由は「効かないから」ではありません。むしろ効きめだけを見れば最上位に来る薬も含まれています。それでも日常の外来で最初に選びにくいのは、副作用や安全性の面で配慮すべきことが多いためです。

トラゾドン

うつ薬として単独で使われることは現在では多くありません。には、少量を眠りを助ける目的で使うことがほとんどです。依存性の問題が起きにくいことから、睡眠薬の代わりとして今も一定の役割があります。

三環系抗うつ薬

1950年代から使われてきた最初期の抗うつ薬です。統合解析では、効きめの数値だけを見れば全21種類のなかで最上位に位置づけられたものもあります。それでも外来の最初の選択にならないのは、口の渇き・便秘・立ちくらみ・尿閉といった副作用が出やすく、途中でやめる方が多かったこと、そして大量に服用した場合の危険が新しい薬より大きいためです。他の薬で十分な改善が得られないとき、あるいは入院などで慎重に見守れる状況では、今も重要な選択肢です。

スルピリド

胃薬としても使われてきた薬で、少量では抗うつ薬として用いられます。食欲が出やすい一方、長く使うとホルモンへの影響(乳汁分泌・月経不順)や、口や手の不随意な動きが出ることがあるため、筆者は漫然と続けない方針をとっています。

9. Tier EX:ズラノロン——別の土俵にある新しい薬

ズラノロン(販売名:ザズベイ®)は、2025年12月に「うつ病・うつ状態」を対象として国内で承認され、2026年3月に発売された新しい飲み薬です。仕組みも飲み方も従来の抗うつ薬とは大きく異なるため、同じ表の中で順位づけできないという意味で「番外」に置きました。

これまでの抗うつ薬と何が違うのか

従来の抗うつ薬は、セロトニンやノルアドレナリンという「アクセル側」の伝達物質を調整します。これに対しズラノロンが働きかけるのは、脳のブレーキ役であるGABA(ギャバ)の側です。

ズラノロンは、私たちの体内にもともとある神経ステロイド「アロプレグナノロン」に似せて作られた化合物で、GABAを受け取る扉(GABA-A受容体)の本来の鍵穴とは別の場所に結合し、扉を開きやすくする働きをします。GABAそのものの代わりをするのではなく、GABAが働くときの効きを底上げする——という関わり方です。

ベンゾジアゼピンという抗不安薬・睡眠薬の系譜から誕生した全く新しい作用機序の抗うつ薬なのです。

シナプスの「中」と「外」——2種類のブレーキ

神経のつなぎ目(シナプス)には、GABAを受け取る扉が2か所にあります。ズラノロンの特徴は、その両方に働きかける点にあるとされています。

扉のある場所 ブレーキのかかり方 たとえると
シナプスの 信号が来た瞬間だけ、一時的にかかる 必要なときに踏むフットブレーキ
シナプスの 常時、脳全体の興奮しやすさを抑える かけっぱなしのサイドブレーキ

睡眠薬などに使われるベンゾジアゼピン系の薬は、おもに「シナプスの中」にだけ作用します。ズラノロンはシナプスの外にある扉にも届くため、脳全体の興奮の水準を持続的に落ち着かせると考えられています。ただし、なぜ服用を終えたあとも効果が続くのかについて、人での仕組みが完全に解明されているわけではありません。

なぜ「夕食後・14日間だけ」なのか

服用のサイクル

1〜14日目:1日1回、夕食後に服用

15日目〜:服用を終了し、そのまま経過をみる

再び使う場合:終了から6週間以上あける

「夕食後」に決まっているのには理由があります。この薬は食事と一緒だと吸収が大きく変わり、空腹時と比べて血中濃度の最高値がおよそ4.1倍、体内に取り込まれる総量がおよそ2.3倍になることが確認されています。食後でないと十分な量が届きません。加えて、眠気やふらつきが出やすいため、その影響を夜の時間帯に寄せるねらいもあります。

「14日間で終わり」も、飲み忘れ対策ではなく設計上の決まりです。依存が生じるおそれがあるため(注意:依存性が強いわけではありません)、用法・用量を守ることと、再び治療を行う場合は必要性を十分に検討することが求められています。

臨床試験で示されたこと、示されなかったこと

国内で行われた第III相試験では、14日間の服用後、うつ症状の評価尺度(HAM-D17)の点数の変化がズラノロン群で平均−7.43点、偽薬群で−6.23点でした。差は1.20点で、統計的には有意でしたが、数値としては大きくありません。「早く効く可能性がある薬」ではありますが、「よく効く薬」として従来薬を置き換える性質のものではない、というのが筆者の読み方です。

もう一つ重要なのは、すでに他の抗うつ薬を飲んでいる方に上乗せする試験では、期待された結果が得られなかったことです。電子添文にも上乗せ効果は示されていない旨が記載されており、この薬は単独で使うことが前提となります。「今の薬に足してほしい」というご希望には、残念ながらお応えできません。

生活面で必ず確認が必要なこと

  • 眠気が20.0%、めまいが12.6%の方に報告されています。
  • 服用中は自動車の運転など、危険をともなう機械の操作を行わないこととされています。「気をつけて運転する」ではなく、運転しない前提で予定を組む必要があります。
  • 妊娠中・妊娠の可能性のある方には使用できません。妊娠の可能性がある方には、服用中および最終服用から1週間の避妊についてご説明します。
  • お酒や、眠気の出る他のお薬との併用で、眠気が強まることがあります。

筆者が使ってみて感じている、向く場面・向かない場面

ここからは臨床試験の結果ではなく、実際に使ってみて筆者が感じていることです。確立した知見ではない点をふまえてお読みください。

向いていると感じる場面

うつ病と適応障害の切り分けが難しいとき。環境の変化がきっかけと思われ、うつ病なのか適応障害〈環境のストレスに反応して生じる不調〉なのか、初診の時点で判断しきれないことがあります。従来の抗うつ薬は数か月から年単位で続ける前提になりますが、この薬は14日で区切りがつくため、長期の服薬をいったん決めずに様子をみることができます。

気分が上がりすぎる方向への揺れが心配なとき。うつ状態のなかには、あとから双極症とわかる方が含まれます。従来の抗うつ薬では、気分が一転して高ぶる状態(躁転)を招くことが知られています。ズラノロンはセロトニンやノルアドレナリンに直接働きかけないため、その心配を比較的持ちにくいと筆者は感じています。ただし、これを裏づける十分なデータがあるわけではありません。

使いにくいと感じる場面

せん妄が起こりやすい状態の方。せん妄〈一時的に意識がぼんやりし、混乱が生じる状態〉は、副作用として錯乱・失見当識とともに報告されています。また高齢の方では、薬が体から抜けるまでの時間が長くなることが確認されており、ふらつきによる転倒も心配です。身体の病気を抱えている方、ご高齢の方では慎重に判断します。

お子さん・思春期の方。国内の臨床試験は成人を対象に行われており、この年代での使い方は定まっていません。また抗うつ薬に共通する注意として、24歳以下では自殺に関する考えや行動が増える可能性が指摘されています。

まとめると、ズラノロンは「短期間・単独で・運転しない生活が組める状況」でこそ持ち味が出る薬です。従来の抗うつ薬より優れているというより、これまでになかった選択肢が一つ増えた、という理解が実情に近いと考えています。

10. Tier表を鵜呑みにしてはいけない5つの理由

ここまで書いておいて恐縮ですが、この表は診察室では簡単にひっくり返ります。理由を5つ挙げます。

理由1:薬どうしの差は、想像より小さい

前述のとおり、抗うつ薬どうしの差は「偽薬との差」よりずっと小さいものです。段階が1つ違うことより、その方に合っているかどうかのほうが、はるかに大きく結果を左右します。

理由2:うつ病以外の目的で選ぶことが多い

パニック症、社交不安症、強迫症、PTSD、慢性の痛み。抗うつ薬はこれらにも用いられ、どの症状を治療の目標に置くかで順位は入れ替わります。この表はあくまで「うつ病の治療」を軸にした並びです。

理由3:量が足りていないだけのことがある

「この薬は効かなかった」と言われるケースのうち、少なくない割合が十分な量・十分な期間に達する前に中止されているものです。薬を変える前に、量と期間を見直すほうが近道であることは珍しくありません。

理由4:副作用の受け止め方は人によって正反対

眠気は、不眠の方には利点であり、日中に運転する方には大きな欠点です。食欲増進も、痩せてしまった方には助けであり、体重を気にする方には負担です。同じ性質が、人によって長所にも短所にもなります

理由5:「やめ方」までがセット

急にやめると、めまい・しびれ・不眠・不安などの不調(中断症状)が出ることがあります。これは薬の種類によって起こりやすさが違うため、始めるときにやめ方まで考えておくことが、実は選択の重要な要素になります。

11. 「私の薬は下の段だった」と感じた方へ

この記事を読んで、いま飲んでいるお薬が下の段にあり、不安になった方がいらっしゃるかもしれません。あらためてお伝えします。

合っているお薬が、その方にとっての答えです。いま調子が保てているのであれば、それはTierより確かな情報です。

また、下の段に置いた薬が処方されている場合、そこには理由があります。併存している症状、過去に試した薬の経過、体質や持病、飲み合わせ——診察の中でしか分からない事情が反映されています。

そのうえで、次のような状態が続くようでしたら、遠慮なく主治医にお伝えください。お薬を変える・量を調整する・別の方法を足す、といった見直しの材料になります。

  • 十分な量・期間を続けても、手ごたえが感じられない
  • 副作用が生活の妨げになっている(眠気、体重、性機能、胃腸の不調など)
  • 飲み続けること自体が負担になっている

自己判断での中止は避けてください

抗うつ薬を急に中止すると、中断症状が出たり、いったん落ち着いていた症状がぶり返したりすることがあります。減らす・やめる場合は、必ず主治医と相談しながら進めてください。

つらさが強く、すぐに話を聞いてほしいときは、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)もご利用いただけます。

12. よくあるご質問

Q1. 結局、いちばん効く抗うつ薬はどれですか?

すべての方に当てはまる「いちばん」はありません。大規模な統合解析でも、薬どうしの差は偽薬との差に比べてわずかでした。実際の診察では、うつ症状の型、併存する不安や痛み、睡眠と食欲、持病や併用薬、生活の事情を合わせて選んでいきます。

Q2. なぜ私にはTierの低い薬が出ているのですか?

多くの場合、うつ病以外の症状(不安・強迫・痛み・不眠など)や、飲み合わせ、これまでの治療経過を考えての選択です。この表は「うつ病の初期治療」だけを軸にした並びですので、他の要素が加われば順位は変わります。気になる場合は、その理由を診察で確認してみてください。

Q3. 新しく出たズラノロンに変えてもらえますか?

ご希望として承りますが、いくつか前提があります。この薬は単独で使うことが前提で、いま飲んでいる抗うつ薬への上乗せでは効果が示されていません。また服用中は運転ができず、14日間で終了し、再度使う場合は6週間以上あける必要があります。せん妄が起こりやすい状態の方、ご高齢の方、お子さんや思春期の方には向きません。適しているかどうかは、状態と生活の条件を含めて診察の中で検討します。

Q4. 効果が出るまでどれくらいかかりますか?

従来の抗うつ薬では、はっきりした変化が感じられるまでに2〜4週間ほどかかることが一般的です。一方で副作用は飲み始めに出やすいため、「良い変化より先に、つらさだけが来る」時期があります。ここが治療でもっともくじけやすい局面ですので、遠慮なくご相談ください。

Q5. 良くなったら、すぐにやめてよいですか?

症状が落ち着いてからも、しばらく同じ量を続けることが再発予防の観点からすすめられています。目安は初めての方で数か月から1年程度、繰り返しがある方ではより長く、というのが一般的な考え方です。実際の期間は経過によって変わりますので、主治医とご相談ください。

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神楽坂メンタルクリニック(東京都新宿区神楽坂6-39-1 エキューラ神楽坂2A)
東京メトロ東西線 神楽坂駅 1b出口より徒歩1分

13. 参考文献

  • Cipriani A, et al. Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis. Lancet. 2018;391(10128):1357-1366. リンク
  • Furukawa TA, et al. Optimal dose of selective serotonin reuptake inhibitors, venlafaxine, and mirtazapine in major depression: a systematic review and dose-response meta-analysis. Lancet Psychiatry. 2019;6(7):601-609. リンク
  • Kato M, et al. Efficacy and safety of zuranolone in Japanese patients with major depressive disorder. Psychiatry Clin Neurosci. 2026;80:76-86.
  • 塩野義製薬株式会社「うつ病治療薬『ザズベイ®カプセル30mg』の国内における製造販売承認取得について」2025年12月22日 リンク
  • ザズベイ®カプセル30mg 電子添文・医薬品インタビューフォーム(2026年3月改訂 第2版)
  • ザズベイ®カプセル30mgに係る医薬品リスク管理計画書(RMP)、医薬品医療機器総合機構 リンク
  • Taylor DM, Barnes TRE, Young AH. The Maudsley Prescribing Guidelines in Psychiatry. 15th ed. Wiley-Blackwell.
  • 日本うつ病学会 診療ガイドライン リンク

本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたもので、特定のお薬をすすめたり、効果を保証したりするものではありません。効果や副作用の現れ方には個人差があります。診断・治療方針は必ず診察のうえで決定します。

【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)

永井 常高

永井 常高

熊本大学卒 慶應義塾大学医学部精神神経科教室 精神保健指定医(第21030号) 精神科専門医・指導医

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