うつ状態における血液生化学検査
― 「外因性のうつ」を見極めるために
最終更新:2026年6月/神楽坂メンタルクリニック
【お知らせ】当院で血液生化学検査を開始しました
これまで外部機関への依頼が必要だった血液検査の一部を、2026年6月23日より当院内でご案内できるようになりました。うつ状態の背景に身体の病気が隠れていないかを確認する「鑑別(かんべつ。似た症状を起こす別の原因を見分けること)」が、より行いやすくなります。この記事では、なぜうつの相談で血液検査が役立つのか、どのような項目を確認するのかを、できるだけわかりやすくご説明します。
「気分が落ち込む」「やる気が出ない」「疲れがとれない」といったうつ状態は、こころの問題だけでなく、体の病気が引き金になっていることもあります。精神科・心療内科では、こうした体の原因を見落とさないために、必要に応じて血液検査を行います。本記事は受診を検討されている方やご家族に向けた一般的な情報であり、診断・治療を保証するものではありません。症状の現れ方や検査の必要性には個人差があります。
目次
1. 「外因性のうつ」とは ― こころの不調の背景に体の病気が隠れることがある
うつ状態の原因は、大きく「外因性」「内因性」「心因性」の3つの観点から整理されてきました。このうち外因性とは、脳や全身の身体的な変化が原因となって精神症状が生じるものを指します。伝統的な精神医学では、外因性はさらに次の3つに分けられます。
| 分類 | 原因の例 |
|---|---|
| 脳器質性 | 脳血管障害(脳梗塞など)、脳の変性疾患など、脳そのものの変化によるもの |
| 症状性 | 甲状腺の病気、貧血、電解質の乱れなど、脳以外の全身の病気が脳に影響するもの |
| 中毒性 | アルコールや一部の薬剤など、物質が脳に作用するもの |
血液生化学検査がとくに力を発揮するのは、このうち「症状性」― つまり全身の病気が背景にあるうつ状態を見つけ出す場面です。
臨床の原則:精神科では、「外因性 → 内因性 → 心因性」の順に原因を確認していくことが基本とされています。まず体の病気や物質の影響がないかを確かめ、それらが否定されたうえで、こころの治療を進めていく、という考え方です。背景に体の病気がある場合は、その治療を優先することで症状の改善が期待できることがあります。
2. なぜうつ状態で血液検査を行うのか(3つの目的)
うつの相談で血液検査をお勧めする理由は、主に次の3つです。
目的① 似た症状を起こす体の病気を見分ける(鑑別)
だるさ・気力の低下・食欲や体重の変化・集中力の低下といった症状は、うつ病だけでなく、甲状腺の病気や貧血などでも起こります。血液検査でこれらを確認することは、原因を取り違えないために役立ちます。
目的② いっしょに存在する体の不調(併存疾患)を把握する
うつ状態と体の病気は、どちらか一方だけとは限りません。両方が重なっていることもあり、全身の状態を把握しておくことが、安心して治療を続けるための土台になります。
目的③ 薬による治療を安全に行うための情報を得る
お薬を使う場合、肝臓や腎臓の働き、全身の状態を事前に確認しておくことで、より安全に治療を進めやすくなります。治療の経過に合わせて、必要に応じて再検査をご案内することもあります。
3. 血液生化学検査でチェックする主な項目と、隠れやすい体の病気
血液生化学検査では、血液に含まれるさまざまな成分を測定します。うつ状態の鑑別で注目される代表的な項目を、順にご説明します。なお、どの項目を確認するかは、症状やご年齢、経過によって個別に判断します。
3-1. 甲状腺の働き(TSH・FT4 など)
甲状腺(こうじょうせん。のどにあり、全身の代謝を調節するホルモンを出す臓器)の働きが低下する甲状腺機能低下症では、気力の低下・無関心・集中力の低下・むくみ・寒がりなど、うつ病とよく似た症状が現れることがあり、うつ病と見分けがつきにくい場合があるとされています。検査では、脳から甲状腺に出される指令ホルモンTSHと、甲状腺ホルモンのFT4などを測定します。
ホルモンの値自体は基準内でもTSHだけが高い潜在性甲状腺機能低下症という状態もあり、これは一般人口のおよそ4〜15%にみられ、女性や高齢の方に多いと報告されています。うつ状態でも一時的にTSHや甲状腺ホルモンの値が変動することがあるため、結果は症状と合わせて慎重に評価します。
3-2. 貧血・ビタミン(血算、ビタミンB12、葉酸、鉄)
貧血(全身に酸素を運ぶ赤血球が不足した状態)は、倦怠感・集中力の低下・気分の落ち込みなど、うつ状態と重なる症状を起こすことがあります。ビタミンB12や葉酸(ようさん)の不足も、軽いうつ気分・いらだち・物忘れなどの精神症状につながることがあるとされ、進行すると認知機能の低下を起こすこともあります。
ビタミンB12や葉酸の不足は、赤血球が通常より大きくなる「大球性貧血」として血算(けっさん。血球の数や大きさを調べる検査)に現れることがあり、これが手がかりになります。これらは原因を補うことで改善が期待できる場合があり、見落とさないことが大切とされています。
3-3. 電解質(ナトリウム・カルシウム・カリウムなど)
血液中のミネラル(電解質)のバランスの乱れも、精神症状の背景になることがあります。低ナトリウム血症では無気力・食欲低下・興奮・見当識(けんとうしき。時間や場所の感覚)の低下などがみられ、その背景に副腎(ふくじん)の働きの低下が隠れていることもあります。高カルシウム血症では、気分の落ち込み・食欲不振・便秘・錯乱などが起こることがあり、副甲状腺の病気などが原因となる場合があります。
3-4. 肝臓・腎臓の働き
肝臓や腎臓の働きの低下は、全身のだるさや意欲の低下として現れることがあります。また、これらの臓器の状態は、お薬を使う際の安全性を判断するうえでも重要な情報になります。健康診断で肝機能の異常を指摘された方のなかに、実は甲状腺の病気が隠れていることもあるとされ、複数の項目を合わせて読み解くことが大切です。
3-5. 血糖・代謝
血糖の異常や代謝の乱れも、倦怠感や集中力の低下に関わることがあります。糖代謝の状態を把握しておくことは、生活全体の体調管理や、治療方針を考えるうえで参考になります。
3-6. 炎症・その他
体内の炎症の有無を示す指標(CRPなど)を確認することもあります。これは感染症や全身の炎症性の病気を見つける手がかりになります。なお、こうした項目の一部は研究段階で「気分の病気との関連」が検討されているものもありますが、現時点で単独でうつ病を診断できる血液検査は確立していません。あくまで全身状態の把握と鑑別のために用います。
4. うつ症状と似た身体の病気 ― 症状の重なりを整理する
うつ状態と紛らわしい代表的な身体の病気と、確認に用いられる主な検査項目を整理します(下表は一例で、すべてを網羅するものではありません)。
| 背景にありうる病気 | うつと重なりやすい症状 | 主な確認項目 |
|---|---|---|
| 甲状腺機能低下症 | 気力低下・無関心・集中力低下・むくみ・寒がり | TSH・FT4 など |
| 貧血 | 倦怠感・息切れ・集中力低下・気分の落ち込み | 血算・鉄関連 |
| ビタミンB12・葉酸欠乏 | 抑うつ・いらだち・物忘れ・しびれ | 血算・ビタミンB12・葉酸 |
| 電解質の乱れ(Na・Caなど) | 無気力・食欲低下・便秘・見当識の低下 | 電解質(ナトリウム・カルシウム 等) |
| 肝臓・腎臓の機能低下 | 全身倦怠感・意欲の低下 | 肝機能・腎機能 |
ご注意:上の表は「症状が重なりうる」ことを示すもので、当てはまる症状があってもその病気だと決まるわけではありません。検査値が基準を外れていても症状がない場合や、その逆もあります。最終的な判断は、問診・診察・検査結果を総合して医師が行います。
5. 「うつ病そのもの」を診断する検査ではありません
血液生化学検査は、うつ病を直接「診断」するための検査ではありません。うつ病の診断は、症状の内容・期間・生活への影響などを、国際的な診断基準(DSM-5-TR や ICD-11)に照らして総合的に行います。血液検査の役割は、あくまで「似た症状を起こす体の病気を見分ける」「全身状態を把握する」ことにあります。
| 血液検査でわかること | 血液検査ではわからないこと |
|---|---|
| 甲状腺・貧血・電解質・肝腎機能など、症状の背景になりうる体の状態 | うつ病・双極性障害などの確定診断(症状の評価が中心) |
| 薬物療法を安全に進めるための基礎情報 | こころの悩みの内容や、ストレスの大きさそのもの |
6. 当院での血液生化学検査の流れ
本日より、当院内で血液生化学検査をご案内できるようになりました。おおまかな流れは次のとおりです。
- 診察・問診:症状・経過・生活の状況・これまでの病気やお薬などをうかがい、検査が必要かどうか、どの項目を確認するかを一緒に検討します。
- 採血:必要と判断した項目について、少量の採血を行います。
- 結果の説明:結果がそろい次第、何がわかったか・今後どうするかを、わかりやすくご説明します。
- 専門医療への連携:体の病気が疑われる場合は、適切な診療科・医療機関へのご相談をご案内します。
検査項目によっては、食事のタイミング(空腹かどうか)が結果に影響することがあります。受診前の食事について気になる点があれば、ご予約時やご来院時にスタッフへお尋ねください。検査を受けるかどうかは、症状や経過をふまえて医師とご相談のうえで決めていきます。
7. 受診の目安(セルフチェックは診断ではありません)
次のような状態が2週間以上続き、生活に支障が出ているときは、一度ご相談いただく目安になります。これは診断ではなく、あくまで受診を考えるための目安です。
- 気分の落ち込みや、何をしても楽しめない状態が続く
- 強い疲れやだるさ、気力の低下が抜けない
- 眠れない、または眠りすぎる/食欲や体重が大きく変化した
- 集中力や判断力が落ちたと感じる
とくに、抑うつの程度のわりに体重の減少が著しい場合や、日常生活への支障が大きい場合には、背景に体の病気が隠れている可能性も含めて検討することが望ましいとされています。気になる症状があるときは、自己判断で抱え込まず、専門の医療機関へご相談ください。
8. よくあるご質問(FAQ)
Q1. うつの相談なのに、なぜ血液検査が必要なのですか?
うつ状態と似た症状は、甲状腺の病気や貧血など体の病気でも起こります。そうした「似た症状を起こす別の原因」を見落とさないためと、安全に治療を進めるための情報を得るために行います。すべての方に必ず行うわけではなく、症状や経過に応じて検討します。
Q2. 血液検査だけで「うつ病」と診断できますか?
いいえ。現時点で、単独でうつ病を診断できる血液検査は確立していません。うつ病の診断は症状や経過の評価が中心で、血液検査は体の病気を見分けるための補助的な役割を担います。
Q3. 検査結果が「異常なし」だったら、気のせいということですか?
そうではありません。血液検査が正常でも、つらい症状が「気のせい」ということにはなりません。体の病気が見つからないことが確認できたうえで、こころの面からの治療やサポートを進めていく、という意味合いになります。
Q4. 検査の前に食事を抜く必要はありますか?
確認する項目によって異なります。空腹のほうが望ましい項目もあるため、受診前の食事について気になる場合は、事前にスタッフへお尋ねください。来院後に検査項目を決めることもあります。
Q5. 他院ですでに血液検査を受けています。もう一度必要ですか?
最近の検査結果をお持ちであれば、ぜひ診察時にお見せください。内容や時期によっては、その結果を活用できる場合があります。再検査が必要かどうかは、症状や経過をふまえて判断します。
神楽坂メンタルクリニック(精神科・心療内科)/東京都新宿区神楽坂6-39-1 エキューラ神楽坂2A
気持ちがつらく、すぐに話を聞いてほしいときは、ひとりで抱え込まないでください。「こころの健康相談統一ダイヤル」0570-064-556などの相談窓口もご利用いただけます。緊急の場合は、お住まいの地域の救急・相談窓口にご連絡ください。
参考文献・出典
- 日本うつ病学会 監修「大うつ病性障害・双極性障害治療ガイドライン」に基づく解説(脳器質性うつ病の評価フロー)― 日経メディカル「うつ病」 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/series/guideline/202205/575147.html
- 脳科学辞典「器質性精神障害」「精神疾患」(外因性・内因性・心因性の分類)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/器質性精神障害
- 日本内科学会雑誌 第111巻第12号(症状からみた鑑別診断の考え方/外因性病態)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/111/12/111_2384/_pdf/-char/ja
- MSDマニュアル プロフェッショナル版「ビタミンB12欠乏症」MSDマニュアル(ビタミンB12欠乏症)
- MSDマニュアル プロフェッショナル版「高カルシウム血症」MSDマニュアル(高カルシウム血症)
- American Psychiatric Association:DSM-5-TR/WHO:ICD-11(診断分類の参照枠組み)
【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)
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