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ASDはなぜ共感性・社会性が乏しく見える?脳のしくみと接し方

自閉スペクトラム症(ASD)はなぜ「共感性・社会性が乏しい」と見えるのか
――脳のしくみからの理解と、職場・学校・家庭での接し方

神楽坂メンタルクリニック(東京都新宿区・神楽坂)|精神科・心療内科

前回のカサンドラ症候群のブログに関連して、自閉スペクトラム症(以下ASD)について解説します。ASDのある方は、周囲から「共感性や社会性が乏しい」と見られることがあります。しかし近年の研究では、それは「思いやりや感情がない」という意味ではなく、他者の心を”推し量る”脳のしくみや、感情のやりとりのスタイルが多数派と異なるためだと考えられています。このページでは、その背景を脳科学の視点からやさしく整理し、そのうえで職場・学校・家庭それぞれでの具体的な接し方をご紹介します。

本記事は一般的な知識の解説であり、診断や個別の医学的評価に代わるものではありません。特性の現れ方には大きな個人差があり、すべての方に当てはまるわけではありません。

1. 「共感性が乏しい」という見え方を、いちど立ち止まって考える

ASDは、対人コミュニケーションと社会的なやりとり、そして興味・行動の偏りを中核的な特性とする神経発達症(脳の発達の特性)です。周囲からは「気持ちが読めない」「空気が読めない」「冷たい」と映ることがあります。

しかし、これらは外から見た「見え方」です。当事者研究や神経科学の進展により、現在では「感情や思いやりが欠けている」という単純な理解ではなく、他者の心を推し量るしくみや、感情を受け取り・表現するスタイルが、多数派(定型発達)と異なっているという捉え方が主流になっています。実際には、内側では人一倍深く感じている方も少なくありません。

2. 「共感」には2つの側面がある――認知的共感と情動的共感

「共感」とひとことで言っても、脳のはたらきとしては大きく2つに分けられます。研究では、ASDでは前者(認知的共感)が働きにくい一方で、後者(情動的共感)はむしろ保たれている、あるいは人一倍強いこともあると報告されています。

共感の種類 ASDでみられやすい傾向
認知的共感
相手の気持ちや考えを「推し量って理解する」力
働きにくいことが多い。表情・声・状況からの推測に意識的な努力を要する。
情動的共感
相手の感情が伝わり、自分も「一緒に感じる」力
保たれていることが多い。相手の苦しみに強く反応し、負担に感じる方もいる。

ポイント:「気持ちに気づきにくい」ことと「気持ちを感じていない」ことは別です。深く感じているのに、それを読み取る・表に出す過程ですれ違いが生じている――というのが、より正確な理解です。

3. 社会性を支える「社会脳」ネットワーク

他者の気持ちや意図を読み取るとき、脳の特定の一箇所だけが働くわけではありません。複数の領域が連携する「社会脳」ネットワークがはたらいています。

メンタライジング(他者の心を推論するしくみ)に関わる領域

他者の心を推し量る働きはメンタライジングと呼ばれ、内側前頭前野、側頭頭頂接合部(TPJ)、上側頭溝などが関わります。なかでもTPJは、他者の心的状態を見出し・推論する中核的な領域とされています。ASDのある方では、これらの領域の働きや連携に特性があると考えられています。

「ミラーシステム」仮説について

他者の動作を見たときに自分でも同じ動作をしたかのように反応するミラーシステム(下前頭皮質など)が、模倣や共感の土台であり、その不調がASDの原因ではないか――という説も一時期提唱されました。ただし、この考えには異論も多く、単一の原因ですべてを説明することは難しいとされています。

社会脳は「壊れた一つの部品」ではなく、複数の領域の”情報のやりとりのパターン”の違いとして理解されつつあります。この視点は、特性を欠陥ではなく多様性として捉えるうえでも大切です。

4. 他者の心が読みにくい背景――メンタライジングの特性

「心の理論」とは、他者が自分とは異なる考え・信念・知識を持っていると理解する力のことです。定型発達では、この推論がほぼ自動的・瞬間的に行われます。一方ASDでは、同じことを意識的な努力を重ねて行う傾向があり、たとえるなら「会話をしながら、頭の中で常に相手の意図を”翻訳”し続けている」ような負荷がかかることがあります。

また、表情・視線・声の調子・その場の状況といった複数の非言語的サインを同時に統合することが難しく、結果として「意図が読み取りにくい」「言葉どおりに受け取ってしまう」といった特徴につながります。これは努力不足でも悪意でもなく、情報処理のスタイルの違いです。

5. 「感情への気づき」とアレキシサイミア

アレキシサイミア〈失感情症。自分の感情に気づき、それを言葉にすることが難しい状態〉は、ASDのある方に高い頻度でみられます。一般人口では約5%とされる一方、ASDでは約半数にみられるとの報告があります。

アレキシサイミアは、内受容感覚(心拍や緊張など、自分の体の内側の状態への気づき)とも関連します。自分自身の感情の”信号”を読み取りにくいと、他者の感情も読み取りにくくなる――これがアレキシサイミア仮説の考え方です(Bird & Cook, 2013)。つまり、共感の難しさとされてきたものの相当部分が、ASDに併存しやすいアレキシサイミアによって説明されうる可能性が指摘されています。

ただし、ASDの特性そのものも、アレキシサイミアとは独立して共感の違いに関わるとの報告もあり、「アレキシサイミアだけが原因」と単純化はできません。複数の要因が重なり合っていると理解するのが妥当です。

6. 「人への関心」と報酬系――社会的動機づけ

社会的動機づけ理論(Chevallierら, 2012)は、人と関わること自体から得られる”心地よさ・報酬”の感じ方に着目した考え方です。眼窩前頭皮質―線条体―扁桃体からなる報酬回路のはたらきが多数派と異なり、社会的な情報へ自然に注意が向く度合いが小さいことがある、とされます。

この違いが幼少期からあると、社会的な場面に自ら向かう機会が積み重なりにくく、そのぶん社会的な学習の機会にも差が生じうる、と考えられています。

注意:この理論の科学的な裏づけは一致しておらず、「人に関心がない」と決めつけることはできません。むしろ、人とつながりたいと強く願いながら、その過程で疲弊や混乱を感じている方が多くいます。「一人の時間が必要=人が嫌い」ではないのです。

7. 誤解は一方通行ではない――「二重共感問題」

ここまでは「ASDの側の特性」を中心に述べてきましたが、近年重視されているのが「二重共感問題」(Milton, 2012)という視点です。これは、ASDのある人と多数派とのすれ違いは”双方向”のものだ、という考え方です。

つまり、ASDの人が多数派の気持ちを読みにくいのと同じように、多数派の人もまた、ASDの人の感情や意図を読み取れていないことが多い、という指摘です。実際、ASDの人同士では会話がかみ合いやすいという報告もあります。すれ違いは「どちらか一方の欠陥」ではなく、異なるスタイル同士の”文化のちがい”のようなものと捉えられます。

この視点に立つと、接し方は「ASDの人だけが我慢して合わせる」ものではなく、お互いが歩み寄るものになります。次章のコツも、この考え方を土台にしています。

8. ASDのある方への接し方のコツ(職場・学校・家庭)

これまで見てきた脳のしくみをふまえると、対応の共通原則は次のように整理できます。

  1. あいまいさを減らし、具体的に伝える
  2. 非言語に頼らず言葉・文字・視覚で示す
  3. 感情の言語化には時間の余裕をとる
  4. 無理な社交を強いず一人の時間を尊重する
  5. 「失礼」「冷たい」と決めつけず善意を前提にする
  6. 感覚環境を整える

職場での接し方

背景となる特性 対応のコツ
あいまいな表現・非言語のサインが読み取りにくい 指示は具体的に。「なるべく早く」ではなく「◯日◯時まで」と数値で伝える。
相手の意図の推論に努力を要する(メンタライジング) 期待する成果物・手順を、テンプレートや手順書など文書・図で共有する。
感情の言語化に時間がかかる(アレキシサイミア) 雑談を強要せず、必要な連絡はチャットやメールなど文字でも行えるようにする。
社会的なやりとりで疲れやすい(動機づけ・感覚の特性) 一人で集中できる時間・空間や、休憩のとり方を尊重する。
独特の言い回しが「失礼」と誤解されやすい(二重共感) 言い方を即断せず意図を確認。周囲も表現の前提をすり合わせる。
感覚過敏(音・光など) 静かな席、耳栓やイヤホン、照明の調整など環境面の配慮を検討する。

学校での接し方

背景となる特性 対応のコツ
予定の変更や見通しの持ちにくさが苦手 スケジュールを視覚化し、変更は早めに具体的に予告する。
あいまいな一斉指示が届きにくい 個別に、板書やプリントで具体的・視覚的に伝える。
情動的共感は保たれるが、サインの読み取りは難しい 気持ちを言葉で明確に伝える。できた点を具体的に褒める。
感覚過敏で集団の刺激に疲れやすい クールダウンできる別室や、イヤーマフの使用などを認める。
叱責の繰り返しは二次的な不調につながりやすい 「できないこと」より「できたこと」に注目し、自己肯定感を守る。
言動が「わざと」と誤解されやすい(二重共感) 意図的でないと理解し、周囲へも多様性を伝える理解教育を行う。

家庭での接し方

背景となる特性 対応のコツ
自分の感情に気づき言葉にしにくい(アレキシサイミア) 「今つらい? それとも疲れた?」と選択肢で尋ね、気持ちの言語化を一緒に手伝う。
あいまいな言葉が伝わりにくい 「ちゃんとして」ではなく、してほしい行動を具体的に伝える。
変化やハプニングが苦手 予定は早めに知らせ、ルーティンを尊重しつつ小さな変化から試す。
情動的共感は深いが、表現の形が異なる 「気持ちがない」と誤解せず、表現のちがいとして受けとめる。
保護者が「育て方のせい」と自分を責めやすい ASDは育て方が原因ではありません。ご家族自身のケアや休息も大切に。

支援の合言葉として「SPELL」――構造化(見通しを持てるように)、肯定的に、共感的に、穏やかに、連携しながら――という考え方も知られています。目標は特性を「なくす」ことではなく、本人が自分らしく、暮らしやすくなることです。

9. セルフチェックと受診の目安

「人の気持ちが読みにくい」「予定の変更がつらい」「対人関係で強く疲れる」といった特徴が日常生活や仕事・学校に支障をきたしていると感じるときは、専門機関での評価が助けになることがあります。特に大人の場合、就職などをきっかけに生きづらさが顕在化し、うつや不安といった二次的な不調につながることもあります。

上記はあくまで受診を考える際の目安であり、診断ではありません。診断は、発達歴や現在の状態、心理検査などをふまえて医師が総合的に行います。気になる場合は、抱え込まずご相談ください。

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10. よくあるご質問(FAQ)

Q1. ASDの人は「共感力がない」のでしょうか?

A. それは誤解です。相手の気持ちを推し量る「認知的共感」が働きにくい一方、相手の感情を一緒に感じる「情動的共感」はむしろ保たれていることが多く、人一倍深く感じる方もいます。

Q2. なぜ「空気が読めない」と言われるのですか?

A. 表情・視線・声色などの非言語のサインを瞬時に統合し、他者の意図を推論する脳のしくみ(メンタライジング)に特性があるためです。努力不足や悪意ではありません。

Q3. 大人になってから気づくこともありますか?

A. あります。子どもの頃は目立たなくても、就職などで求められることが増え、生きづらさとして顕在化することがあります。

Q4. 接し方でいちばん大切なことは何ですか?

A. あいまいさを減らし具体的に伝えること、そして「一方だけが合わせる」のではなく、お互いが歩み寄るという姿勢(二重共感の視点)です。

Q5. ASDは治せますか?

A. 特性は基本的に生涯にわたり続くものです。目標は特性をなくすことではなく、環境調整や支援を通じて本人が自分らしく暮らせるようにすることです。

主な参考文献・情報源

・Milton, D. E. M. (2012). On the ontological status of autism: the ‘double empathy problem’. Disability & Society, 27(6), 883-887.
・Chevallier, C., et al. (2012). The social motivation theory of autism. Trends in Cognitive Sciences, 16(4), 231-239.
・Bird, G., & Cook, R. (2013). Mixed emotions: the contribution of alexithymia to the emotional symptoms of autism. Translational Psychiatry, 3, e285.
・Bird, G., & Viding, E. (2014). The self to other model of empathy (SOME). Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 47, 520-532.
・Mitchell, P., et al. (2021). Autism and the double empathy problem. British Journal of Developmental Psychology, 39(1), 1-18.
・理化学研究所(2025)「自己を鏡に他者の心を想像・理解する」プレスリリース.
・日本精神神経学会 監修『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院.

最終更新日:2025年11月

【監修・執筆】永井常高(神楽坂メンタルクリニック院長・精神保健指定医・精神科専門医/指導医)

永井 常高

永井 常高

熊本大学卒 慶應義塾大学医学部精神神経科教室 精神保健指定医(第21030号) 精神科専門医・指導医

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