開業して1か月経過しましたが、地域柄でしょうか、働き盛りの年代の方が多いため、仕事上のストレスに関連したうつ状態の相談をよく受けます。一言で「うつ状態」と言っても、すなわちすぐに「うつ病」というわけではなく、実は「うつ状態」は鑑別が非常に多い精神状態であり、丁寧に問診を繰り返して慎重に経過を診てゆく必要があります。
中でもうつ病と適応障害の鑑別は頻度が多い割に紛らわしいので、非専門家の方には理解が難しいかもしれません。気になっている方も多いと思うので、うつ病と適応障害の違いについて解説してみます。

― 疾患概念と症状の整理 ―
※このブログは一般の方向けですが、専門家の方にも違いを整理していただけるようにやや詳しめに書いています。
※診断は自己判断ではなく、必ず医療機関で受けてください。
はじめに:なぜ「うつ病」と「適応障害」が混同されるのか
「うつっぽいと言われた」「会社から適応障害かもしれないと言われた」――。
診断書やネット情報の中で「うつ病」と「適応障害」が並んで出てくると、
- どちらも“気分の落ち込み”だから同じ病気?
- 適応障害は“軽いうつ病”なのか?
- 自分はどちらなのかで、治療や休職に違いが出るのか?
といった疑問がよく生まれます。
この連載の前編では、内因性うつ病(現代の診断でいう「大うつ病性障害」に相当)と適応障害の「考え方・概念」の違いを整理します。
内因性うつ病とは何か
―「脳と心の両方の病気」としてのうつ病
現代の診断基準(DSM-5)では、「うつ病」は大うつ病性障害と呼ばれ、以下のような特徴を持つ病気と整理されています。
- 少なくとも2週間以上続く
- 次の9つの症状のうち5つ以上がある
- ほとんど一日中続く憂うつな気分
- これまで楽しかったことへの興味・喜びの低下
- 食欲減退または過食、体重の大きな変化
- 不眠または過眠
- 動きが極端に遅くなる/そわそわ落ち着かない
- 疲労感・気力の減退
- 自分には価値がないという思い、過度の罪悪感
- 集中力や決断力の低下
- 死について繰り返し考える、自殺念慮・自殺企図
さらに、
- 仕事・家事・学業・人間関係など日常生活に明らかな支障が出ている
- 他の病気(甲状腺機能低下症、認知症など)や物質(薬物・アルコールなど)では説明できない
ことが重なると、医師は「うつ病」と診断します。
「内因性」という言葉の位置づけ
かつて日本の精神医学では、うつ病を
- 内因性(体質・遺伝・脳の機能変化が中心)
- 心因性(心理社会的なストレス要因が中心)
などと分けて考える伝統がありました。
現在は、実際の臨床では
- 強いストレスが引き金になることもあれば
- ストレスがはっきりしないうちに発症することもある
- 多くの場合、「脳の働きの変化」と「ストレス」が複合している
と理解されています。
「内因性うつ病」という表現は、「ストレスの有無にかかわらず、脳の機能の変化が中心にある、しっかりしたうつ病」くらいのニュアンスで使われることが多いと思ってください。

適応障害とは何か
― 特定のストレスへの「過剰反応」としての病気
適応障害(DSM-5-TRでは「適応反応症」)は、特定のストレスに対して心と体がうまく“適応しきれない”ために起こる状態です。
診断のポイントは以下です。
- きっかけとなるはっきりしたストレス(ストレス因)がある
- 仕事の配置転換・パワハラ・いじめ
- 入学・就職・転勤・結婚・出産・離婚
- 家族の病気や介護、経済的なトラブル など
- ストレス因が始まってから3か月以内に、
- 強い落ち込み、不安、イライラ
- 集中力低下・不眠・頭痛・腹痛・動悸などの身体症状
- 出社前になると具合が悪くなる、会社を思うと動けなくなる
といった症状が出てくる
- 症状の強さが、
- その出来事から「通常予想される範囲」よりも明らかに強い
あるいは - 仕事・学業・家庭生活に著しい支障をきたしている
- その出来事から「通常予想される範囲」よりも明らかに強い
さらに、
- ストレス因が終わったあと、通常は3~6か月以内に症状が改善していく
- うつ病や不安症など、別の診断で説明する方が妥当な状態ではない
ことが求められます。
共通点:患者さんから見える「表の顔」
うつ病と適応障害には、患者さんから見ると非常によく似ている部分があります。
- 気分の落ち込み・不安
- 意欲の低下・やる気が出ない
- 集中力が続かない・ミスが増える
- 眠れない・寝すぎる
- 頭痛・腹痛・動悸・胃の不快感などの身体症状
- 仕事や学校に行こうとすると具合が悪くなる
そのため、症状だけを見て「どちらか」を言い切ることはできません。
診断では、「原因」「経過」「症状の深さ」などを総合的に判断します。

違い① 原因(きっかけ)の位置づけ
内因性うつ病:ストレスが「引き金」でも、病気は独り立ちする
うつ病でも、実際には多くの方に
- 職場の人間関係の悪化
- 過重労働・ハラスメント
- 失業・離婚・大きな喪失体験
などのストレスが存在します。
しかし一度病気が始まると、
- ストレスがかなり軽くなっても
- 休職や療養で環境を変えても
「何をしても楽しくない」「自分には価値がない」という感覚がべったり張り付いたまま続くのが、典型的なうつ病です。
適応障害:ストレス因と症状が「ひもづいている」
一方、適応障害では
- ストレス因(職場・学校・家庭・ライフイベントなど)がかなりはっきりしている
- ストレス因のことを考えると、症状が強くなる
- ストレス因から離れると、比較的短期間で楽になる傾向がある
という「ストレスとの結び付きの強さ」が特徴です。
違い② 症状の深さ・広がり
内因性うつ病:一日中、すべての領域に広がる「重さ」
うつ病では、以下のような状態になりやすくなります。
- 一日のほとんどで気分が落ち込み、何をしても楽しめない
- 仕事だけでなく、
- 家事
- 趣味
- 友人との会話
といった「本来は楽しいはずのこと」もまったく楽しめない
- 「自分は生きている価値がない」「迷惑しかかけていない」と感じる
- 「いなくなりたい」「死んだ方が楽だ」といった考えが頭から離れない
つまり、生活のあらゆる場面に病状がしみ込んでいるイメージです。
適応障害:ストレス場面で悪化しやすく、波もある
適応障害では、
- 朝、会社に行こうとすると強い吐き気や腹痛が出る
- 職場の近くに行くと動悸やパニックのような症状が出る
- 休日やストレス源から離れているときは、いくらか楽に過ごせる
といった「場面依存性の強い症状」が目立つことが多くなります。
もちろん適応障害でも重症化すれば、生活全般に支障が広がることはあり、教科書的な線引きがそのまま個々のケースに当てはまるわけではありません。
違い③ 経過と再発傾向
内因性うつ病:寛解しても「再発リスク」は高い
うつ病は
- 一度良くなっても、再発を繰り返しやすい病気です
- 抗うつ薬などを1〜3年程度継続することで再発を減らせることがわかっています
- 残った不眠・疲労感・認知機能低下などの「残遺症状」が、再発のリスクになります
つまり、内因性うつ病では、「良くなったあとをどう守るか」まで含めて長期的な治療計画が必要になります。
適応障害:ストレスが続けば長引き、解消されれば改善しやすいが…
適応障害は
- ストレス因が解消されれば比較的予後は良いとされる一方で
- 同じようなストレス環境に戻ると再発を繰り返す傾向があります
- 日本のデータでは、メンタル不調から復職した人の**5年以内の再休職率が約47%**という報告もあります
「とりあえず元の職場に戻す」だけではなく、
- ストレス要因をどう減らすか
- 自分の受け止め方・行動パターンをどう変えていくか
といった再発予防の視点が非常に重要です。
「軽いうつ=適応障害」ではない
現場でよく見かける誤解が、
「軽ければ適応障害で、重ければうつ病」
という単純な線引きです。
実際には、
- 症状の深さ・期間・ストレスとの結びつき
- 他の病気(双極性障害、発達症、不安症など)の有無
- 社会生活への影響の度合い
を総合して診断します。
「適応障害だから軽い」「うつ病だから重い」と決めつけるのは危険です。
適応障害でも自殺リスクを伴うケースはありますし、うつ病でも適切な治療で十分に回復していく方がたくさんいます。
どちらが「重い病気」なのかより大切なこと
診断名は、治療の方針や社会制度(休職・傷病手当金・労災認定など)を考えるうえで重要な意味を持ちます。
しかし、患者さんご自身にとってもっと重要なのは、
- 今の自分がどのくらい消耗しているのか
- 何を手放し、何を守るべきタイミングなのか
- どんな治療や支援が必要なのか
を一緒に整理していくことです。
まとめ:前編のポイント
- 内因性うつ病(大うつ病性障害)は、
- 2週間以上続く抑うつ症状
- 生活全般に広がる機能障害
- 生物学的要因とストレス要因が複合する「脳と心の病気」
- 適応障害は、
- はっきりしたストレス因への過剰反応
- そのストレスと症状の時間的・内容的な結び付き
- ストレス解消後、数か月で改善しやすいが、再発予防が重要
- 「軽い=適応障害」「重い=うつ病」という単純な話ではない
- 診断名よりも、今の状態に合った治療と環境調整をどう組み立てるかが鍵になる
次回予告(後編)
後編では、
- うつ病と適応障害の治療方針の違い
- 休職・復職の考え方
- 薬物療法・心理療法・リワークなどの位置づけ
- 家族や職場の関わり方
- 神楽坂メンタルクリニックでお手伝いできること
を具体的にお話しします。
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